中小企業の割増賃金率引き上げへ|2023年4月までの対応などを解説

2023.02.22

従業員の時間外労働が月60時間を超える場合、企業は通常の賃金に割増賃金率を上乗せした額を支払わなければならない。これまで割増賃金率は大企業が50%、中小企業には猶予措置が設けられ25%とされていた。

しかし、2023年4月からは、中小企業の割増賃金率が引き上げとなり、大企業と同様の50%となる。今回は、そもそも割増賃金率とは何かという点や、割増賃金率引き上げまでに中小企業が取り組むべきこと、考えておくべきことについて詳しく解説する。

割増賃金率とは

法定労働時間は、労働基準法により、原則として1日8時間、週40時間と定められている。これを超えて従業員に労働をさせたい場合は、企業と労働者が36協定(時間外労働・休日労働に関する協定)を結び、労働基準監督署へ届け出る必要がある。従業員に法定労働時間を超えた労働をしてもらう代わりに、企業は法定労働時間を超えた労働に対して、基本給に上乗せした賃金を支払わなければならない。この上乗せした賃金が割増賃金であり、割増賃金の割増率を表したものが割増賃金率である。

2010年に労働基準法改正され、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が、25%から50%へ引き上げられた。このときに割増賃金率引き上げが適用されたのは大企業のみ。中小企業は事業に与える影響の大きさなどに鑑み、従来の25%のままの猶予措置が設定された。

中小企業に該当する企業とは

割増賃金率の引き上げが猶予された中小企業とは、どのような企業を指すのだろうか。中小企業基本法では、中小企業の定義を以下のように定めている。

【中小企業の定義】
<小売業>資本金額または出資総額:5,000万円以下、常時使用労働者数:50人以下
<サービス業>資本金額または出資総額:5,000万円以下、常時使用労働者数:100人以下
<卸売業>資本金額または出資総額:1億円以下、常時使用労働者数:100人以下
<上記以外その他業種>資本金額または出資総額:3億円以下、常時使用労働者数:300人以下

資本金額、出資総額または、常時使用労働者数の条件を満たすかどうかで、企業ごとに中小企業に該当するかが判断される。

2023年4月からは中小企業の割増賃金率も引き上げ

2019年4月に施行された働き方改革関連法で、中小企業の割増賃金率引き上げの猶予措置の廃止が決定した。これにより、中小企業でも、月60時間を超える時間外労働に対しての割増賃金率引き上げが行なわれることとなった。引き上げの開始は2023年4月から、月60時間を超える時間外労働に対しての割増賃金率は大企業と同様の50%となる。

割増賃金の種類と割増賃金率

今回、中小企業で引き上げられる月60時間を超える時間外労働以外にも、法定労働時間や限度時間を超える時間外労働、休日労働、深夜労働についても割増賃金が発生する。それぞれの割増賃金率と割増賃金の計算方法について詳しく確認していく。

時間外労働

従業員に時間外労働をさせる場合の割増賃金率は以下のようになる。

【時間外労働の割増賃金率】
法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える場合:25%
時間外労働の限度時間(月45時間、年360時間)を超える場合:25%
時間外労働が月60時間を超える場合:50% ※中小企業での適用は2023年4月から

休日労働

従業員に休日労働をさせる場合の割増賃金率は以下のようになる。

【休日労働の割増賃金率】
法定休日の労働の場合:35%

なお、法定休日に行った労働時間は法定労働時間の計算には含まれない。それ以外の休日(法定外休日)に行った労働時間は法定労働時間として合算され、法定労働時間を超過した分については、時間外労働として割増賃金を支払う必要がある。

深夜労働

従業員に深夜労働(22時から翌5時)をさせる場合の割増賃金率は以下のようになる。

【深夜労働の割増賃金率】
深夜時間の労働の場合:25%
時間外労働かつ深夜時間の労働の場合:50%
時間外労働(月60時間以上)かつ深夜時間の労働の場合:75% ※中小企業での適用は2023年4月から

深夜労働の割増賃金率は25%であるが、法定時間を超えて深夜労働をさせる場合は、さらに25%が上乗せされ、50%の割増賃金率となる。また、月60時間を超える時間外労働を深夜時間帯に行わせる場合、深夜労働の25%に、さらに50%が上乗せされ、割増賃金率は75%となる。

割増賃金の計算方法

割増賃金の計算方法はこれまで通り、【割増賃金算定基礎額 × 時間外労働・休日労働・深夜労働の時間数 × 割増率】で算出される。

割増賃金算定基礎額とは、各従業員の1時間あたりの賃金を指す。割増賃金算定基礎額の算出方法は、【(月の総支給額 − 基礎額の算定基盤とならない手当)÷ 1か月の平均所定労働時間】となる。算定基盤とならない手当とは、割増賃金算定基礎額から差し引ける手当のことで、具体的に以下の7つが指定されている。

【割増賃金算定基礎額から除外できる手当】
・家族⼿当
・通勤手当
・住宅手当
・別居手当
・子女教育手当
・臨時に⽀払われた賃⾦
・1か⽉を超える期間ごとに⽀払われる賃金(精勤手当等)

上記に該当しない賃金は、すべて割増賃金算定基礎額に算⼊する必要がある。また、家族手当・通勤手当・住宅手当などは、その名称であればすべて除外できるわけではなく、具体的な範囲が定められている。各手当が除外の対象となるかどうかなど、不明な点は都道府県労働局や労働基準監督署に問い合わせてほしい。

割増賃金率引き上げまでに中小企業が行うべきこと

割増賃金率が引き上げに向け、中小企業はどのような準備を行う必要があるのだろうか。ここからは、2023年4月までに企業が対応すべきポイントについて解説する。

労働時間の適正把握

割増賃金率の引き上げにより、中小企業には今まで以上に従業員の労働時間の適正把握が求められる。厚生労働省の定める「労働時間の適正な把握のために講ずるべき措置に関するガイドライン」には、企業が行うべき措置として、従業員の日毎の始業・ 終業時刻を確認し、記録することが挙げられている。

具体的な方法としては、使用者自らによる現認と、タイムカードやICカードなど、客観的な記録による確認の2つが示されている。近年広がっているリモートワークのように、管理者が現場にいない場合、タイムカードなどの打刻ができない場合は、従業員の自己申告によって労働時間の管理を行う措置も認められている。

また、同ガイドラインでは、企業は賃金台帳を作成し、労働日数や労働時間数、時間外労働や休日労働、深夜労働の時間数を従業員ごとに適正に記入しなければならないとされている。さらに、賃金台帳やタイムカードなどの労働時間の記録に係る書類は、最終書き入れ日から起算して5年間保存する義務も課せられている。

業務効率化に努める

割増賃金率の引き上げの大きな目的は、従業員の長時間労働の是正にある。長時間残業や、休日、深夜の労働時間削減のためにも、業務内容や業務フローなどの見直し、従業員の意識改革、ノー残業デーの導入など、生産性向上や業務効率化に繋がる取り組みに着手してほしい。

人的リソースが限られる中小企業の場合、社内での取り組みだけでは、業務効率化に限界があるというケースも多いだろう。そういった場合は、新たなシステムや機械の導入、アウトソーシングの活用なども視野に入れるとよい。ただし、外部のリソースを活用する場合は、初期投資が必要となるため、今後の経営戦略や企業の財務状況などを考慮したうえで、無理のない範囲で業務効率化に向けた取り組みを進めてほしい。

代替休暇制度の導入検討

割増賃金率の引き上げには、従業員の健康を守る目的も含まれている。そのため、月60時間を超える時間外労働を行った従業員に対して、引き上げ分の割増賃金を支払う代わりに、有給休暇(代替休暇)を付与することも可能となる。ただし、代替休暇は使用できるのは、60時間を超える時間外労働に対する割増賃金分についてのみ。代替休暇を付与したとしても、通常の時間外労働に対する割増賃金(25%)の支払いは必要である点は注意してほしい。

さらに、代替休暇制度を導入する場合は、労働組合(労働組合がない場合は労働者の過半数代表者)との間に、以下の点について労使協定を結ぶ必要がある。
・代替休暇の日数、算定の方法
代替休暇の時間数:(1か月の時間外労働時間数 − 60時間)× 換算率
換算率:代替休暇を取得しない場合の割増賃金率(50%) – 代替休暇を取得した場合の割増賃金率(25%)
・代替休暇の単位
1日単位、半日単位、1日と半日の選択制等
・代替休暇を付与可能な期間
・代替休暇取得日決定の方法、割増賃金を支払う期日

代替休暇の取得はあくまで従業員の意思によるものとなるが、従業員の選択肢を増やすためにも、2023年4月の割増賃金率引き上げ前までに導入を検討してみるとよいだろう。

就業規則の見直し

割増賃金率は就業規則の「賃金の決定、計算及び支払の方法」に関する事項に該当する。そのため、今回の割増賃金率引き上げに伴い、就業規則への追加記載や変更が必要となるケースがある。また、代替休暇制度を新たに導入する場合も、就業規則への記載が必要となる。

2023年4月までに、今一度就業規則を見直し、必要に応じて適宜追加、修正を行ってほしい。厚生労働省のホームページには、「モデル就業規則」が掲載されている。割増賃金や休暇についての記載もあるので、参考にするとよいだろう。

中小企業の割増賃金率引き上げに備えてできることから準備を

2023年4月に行なわれる60時間を超える時間外労働についての割増賃金率の引き上げは、長時間の残業を削減し、すべての従業員が働きやすい環境を実現することを目的としている。しかし、割増賃金率の引き上げは、人件費の増加にもつながり、中小企業に大きな影響を与えることも考えられる。

だからこそ、企業には適切な労働時間の把握と管理の徹底、時間外労働を削減する取り組みや正しい給与計算を行うための準備などの対応が求められる。割増賃金引き上げ後に慌てないためにも、今回の記事を参考にできることから準備を進めてほしい。”

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