業務効率だけではない「DXの意義」とは?

2020.09.01

第1回:従業員エンゲージメントを高めることから始める店舗の変革

ナレッジ・マーチャントワーク代表取締役 染谷剛史

DXで店舗内の問題を解決することによって生産性が高まる

昨今、店舗サービス業の生産性の低さを解決するためにデジタルトランスメーション(DX)の必要性が叫ばれていますが、私はDXで店舗内の問題を解決することによって生産性が高まるのだと考えています。

まず、店舗内の1つの課題である従業員エンゲージメントの向上について「サービス・プロフィット・チェーン(SPC)」理論をベースとしたDXにより店舗が変わるさまを、事例を使って説明したいと思います。

SPCとは、従業員満足(ES:Employee satisfaction)、顧客満足(CS:Customer satisfaction)と企業利益の因果関係を示したフレームワークのことで、ハーバード・ビジネススクールのヘルケット教授とサッサー教授らが1994年に提唱した概念になります。サービス業では生産と消費が同時に行われるという特徴があるので、顧客接点の最前線にいる従業員の満足度向上が、サービス品質の向上に大変重要になります。

サービス品質の向上によりもたらされた利益の一部を従業員の満足度向上に活用することで、さらに利益を獲得することができるとうい好循環モデルです。

図表①

スクリーンショットの画面

自動的に生成された説明
  • 企業の内部サービス品質がESの原動力になる
  • 高いESが、高い従業員ロイヤルティを生み、従業員の生産性向上の原動力になる
  • 高い従業員生産性が、サービスの品質向上につながる
  • 高いサービス品質が、CSの原動力になる
  • 高いCSが、顧客ロイヤルティの原動力となる
  • 高い顧客ロイヤルティが、企業の収益性の原動力につながる
  • 企業の収益性が、内部サービス品質の原動力になる

ESがサービスの水準を高め、CSを高めることにつながり、最終的に企業の利益を高める

では「ESがサービスの水準を高め、CSを高めることにつながり、最終的に企業の利益を高める」いうSPC理論を、DXによって実践してみましょう。私の会社で提供する「はたLuck」(従業員のスマートフォンにダウンロードして使用してもらう仕事用アプリ)使って検証してみました。

ある大手スーパーの同じSV(スーパーバイザー)が管轄する4店舗にて、「チャット」「連絡ノート(業務連絡)」というコミュニケーション機能と、チームワーク醸成のため従業員同士で感謝を伝え合う「星を贈る」機能を活用してもらいました。

そこで「星を贈る」機能の活用度合いが、従業員エンゲージメントの向上につながっているのかをアンケートで計測しました。またエンゲージメント向上による退職率の低下(=ESの向上)に寄与しているのか、結果的に売上げが改善されたのかを分析しました。

「連絡ノート」 業務連絡の投稿イメージ

「星を贈る」従業員への感謝を伝える投稿イメージ

屋内, 座る, コンピュータ, テーブル が含まれている画像

自動的に生成された説明

「星を贈る」を積極活用したA店舗、活用し切れなかったB店舗を中心に見てみましょう。

図表②は、縦軸が「星を贈る」の星の流通量、横軸がエンゲージメントアンケートの平均スコアになります。3.0未満はエンゲージメントが低く、3.5以上が高いと考えます。図表②を見ると、星の数が多い店舗は、エンゲージメントスコアが高くなっていることが分かります。A店舗では1カ月に約1200通のポジティブなコミュニケーション(感謝、激励)が送られたことになります。

図表② 「星を贈る」の星の流通量と従業員エンゲージメントの関係

※A〜D店舗における2020年6月の数値より

さらに店舗の退職率との相関を分析してみると、星の流通量が多いほど、退職率は下がる相関関係にあることが分かります。「星を贈る」を積極的に活用したA店舗は、B店舗やアプリ未導入店舗よりも退職率が低くなっています(図表③参照)。また星の流通量が多いと、退職率が下がる負の相関関係が確認できます(図表④参照)。

図表③ 未導入店舗とA店・B店の退職率の昨対比較

※A・B店舗それぞれの2019年10月〜2020年7月までを集計

図表④ 星の流通量と退職率の相関分析

※A〜D店舗それぞれの2019年10月〜12月期、2020年4月〜7月期を表示

最後に売上への貢献について(図表⑤参照)見てみましょう。2019年10月に「はたLuck」を導入し、「星を贈る」を戦略的に活用したA店舗は11月から棒グラフ(星の流通量)がかなり伸びています。それまで低迷していた売上げも12月には達成率100%を実現し、B店舗を上回るようになりました。

図表⑤ 「星を贈る」星の流通量と売上達成率の推移

結果として、星の流通量が1番多かったA店舗には以下のような変化が見られました。

●エンゲージメント:4店舗中、最も高い値となった

●退職率:4店舗中、最も低い退職率となった

●売上:A店舗は目標未達が続いていたが、11月から好転し12月に100%達成

これらの結果を組織人事の観点でひも解くと、店舗内で「感謝する」などポジティブなコミュニケーションを取ることによって従業員は、店長や社員、同僚に「自分の仕事ぶりをしっかり見てもらえている」という安心感や納得感を得られると考えられます。

単に「時給を上げる」という行為ではエンゲージメントは向上しません。時給という報酬は、「外発的動機形成」と言い、効果は一瞬で消えてしまいます。しかし仕事ぶりをしっかりと評価して、感謝したり、褒めたり、フィードバックすることは心の内的要因に作用するため、「内発的動機形成」と言い、エンゲージメントを高める、持続させることにつながるのです。

 また、従業員に「自己効力感」(ある目標を遂行・達成できるかについて、その人が抱く自信)を持ってもらえるように適切に指導や支援、フィードバックを行う必要があります。「褒める、感謝する」というコミュニケーションは従業員に仕事に対する「自信」を持ってもらい、その活動を持続させることにつながっているのです。

前述のように、ポジティブなコミュニケーションを取り合うことが習慣化したA店舗は、従業員一人一人の自己効力感が高まり、仕事への積極的な姿勢が生まれ、チームで仕事をする楽しさを味わえる風土になったのではないでしょうか。

自己効力感を高める方法はバンデューラが研究しており、以下の4点が挙げられています。

自己効力感を高める方法

  • 直接の成功体験:自分が成功したり、達成した経験
  • 代理的体験:同じような能力の人間が努力し、成功しているところを見ること
  • 言葉による説得:自分に能力があることや、達成可能性があることを言葉で繰り返し説得されること
  • 情緒的覚醒:リラックスした前向きな心理状態であること

実際にA店舗の「星を贈る」投稿には「自己効力感」を高める内容がたくさんありました。

拍手を最も多く集めた投稿です。年末のおせち売上115%達成に対し、感謝の星が贈られています。

本人は「直接の成功体験」を得られると同時に、他の従業員は自分と同じような同僚が、努力し成功しているさまを見ることで「代理的体験」を得られ、自信につながっていったと考えられます。

このようなコメントが月1000単位で流れることで、風土そのものが変化していくのです。

店舗運営のDX化と聞くと、壮大なITシステムを構築・導入しなければならないイメージがありますが、あくまでも店舗で働くのは人です。大手スーパーの事例のように、人の意識や行動を変化させることにITを活用することで、店舗の生産性を高めることが可能になります。これも業務効率だけではないDXの1つの形と言えるのです。

そめや たけし 1976年茨城県生まれ。小山工業高等専門学校電気工学科卒、信州大学経済学部卒。98年リクルートグループ入社、中途・アルバイト・パート領域の求人広告営業などに従事。2001年デジットブレーン入社、副編集長、ホテルやハウスウェディングのコンサルティングに従事。03年リンクアンドモチベーション入社、大手小売・外食・ホテルといったサービス業の採用・組織変革コンサルティングに従事。12年同社執行役員就任、新規事業開発(グローバル事業立ち上げ、健康経営部門の立ち上げ)を経て、サービス業に特化した組織人事コンサルティングカンパニー長に就任。17年 ナレッジ・マーチャントワークスを設立、代表取締役に就任。チェーンストア経営の組織変革を目的にサービス産業に特化したリテールテック事業を推進。

はたLuck サービスサイトhttps://hataluck.jp/

「星を贈る」は「感謝」「期待」「頑張った」などの5つの星から選びコメントや写真をつけて、特定の人やグループに投稿ができる機能です。SNSのようにタイムラインで一覧され店舗の従業員全員が星のやりとりを見ることができ、拍手でリアクションすることができます。

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