業務効率化だけじゃない「DXの意義」とは? 第3回

2022.04.21

2020.11.04

第3回 「店はお客のためにある」を実践し続けられる店舗へ

ナレッジ・マーチャントワークス代表取締役 染谷剛史

私が尊敬している『商業界』を作られた倉本長治さんが残した言葉を綴った本『あきないの心』に登場する言葉に「店は客のためにあり、店員と共に栄える」とあります。まさに商業の本質を表現していると思います。

またそれこそが私が思う理想の店舗でもあります。つまり、お客さまが来店したときに欲しい商品が売場にあってそれが常に維持されていることであり、チラシでいくら特売の告知をしても売場が欠品状態になってしまっては、お客さまのためのお店にはなりません。

それでは販売機会を大きく損失してしまい、お客さまの満足度も下げてしまいます。理想の店舗を目指しながらも、なかなか実現できない店舗の実態があるのです。

業務プロセスを分析する実験を実施

図表① 店舗の指示実行件数、対応時間、実行度のアンケート調査

あるドラッグストアで業務プロセスを分析する実験を行いました。本部からの指示の実行にどれほどの時間を要しているのか、実行率はどれくらいなのかをアンケートで調査しました。

その結果、本部からの指示は1日平均13件あり、その業務を店長からカテゴリーごとの担当者に振り分けるのに平均53分/日かかっていることが分かりました。店長はこの指示業務だけに1日8時間勤務の中の1時間を費やしてしまっています。

休憩時間を除くと、店長が指示以外の業務に当たれる時間は実質6時間/日になってしまいます。また指示を期限までに実行できる割合は、平均80%という回答になっており、残りの20%は期限内に業務を完了することができないままということになります。小売業では年間52週のマーケティングが行われていることを考えると、毎週20%の漏れが発生すると×52回続くことになり、大きな機会損失になることが分かります。

さらに重要なのは、アンケートへの店長の回答のばらつきです。1日当たりの指示件数、対応時間が大きくばらついています。これは本部からの指示を店内で伝達する方法が店長によって異なるからです。口頭指示であったり、紙に印刷して指示をしていたりといった形で、店舗内の指示伝達方法が標準化されていないことが原因です。

それがスーパーマーケットなどになると、青果、精肉、鮮魚、惣菜、日配品など専門カテゴリーで販売施策が行われ、棚割り、売価の変更、在庫調整といった一連の業務が各カテゴリー分行われることになります。売場を変えるということは、前週までの商品を撤去し、棚の配置を変える必要があるため、店舗ではかなりの作業が発生することになります。

その他にも販売を強化するため商品の勉強会を実施したり、安売りを打ち出す曜日に人員のシフトを多めに組むなど一連の業務が発生します。このように店舗は限りある時間の中に作業を詰め込み、完遂することが求められています。

しかし、多くの指示と報告や同タイミングでの締め切り業務に追われ、指示が漏れてしまったり、期限までに完遂できないことが多発しているのが実状なのです。

店舗が本部からの指示を徹底できない原因とは?

ここからは、店舗が本部からの指示を徹底できない原因を探ってみましょう。

指示の実行度合いがばらつき、実行レベルが落ちてしまう理由は、店長から出された指示のプロセスと実行報告が可視化されないことにあります(図表②参照)。

店長から出された指示は、各カテゴリーの担当者自身が実施することもあれば、パートタイマー、アルバイト社員に依頼して実行する場合もあります。

このとき、「指示をいつ、誰が実行し、作業完了を確認して、店長に完了報告をするのか」がブラックボックスになっているのです。だから、指示がどの段階まで実行されているのか、または途中で止まってしまっているのか、完了までどれくらいの時間がかかるかが分からないなど、プロセスが不明瞭になってしまうのです。

特に複数日に渡るような作業の場合、担当者の休みが入っていた場合、業務が他の従業員にしっかりと引き継がれずに放置されてしまうこともあります。それが積み重なり、販売機会の損失を引き起こしてしまっているのです。

店長の指示から作業完了までのプロセスがツールを通じて管理されていないことが問題です。プロセス管理ができない状態では、同じようなミスを繰り返し、現場の生産性が上がらない要因になると考えられます。

図表② 店舗内の実行度合いが可視化されない

理想の店舗を実現するために必要なのはやはりDX(デジタルトランスフォーメーション)化です。まずデジタル化の恩恵は、アナログ要素をデータにすることによって「可視化」ができることです。

「指示→作業→完了報告」という業務プロセスをデータ化できるITツールで管理することです。そうすれば、本社商品部や店長が見積もった作業人時どおりに作業が進んでいるのかが分かります。

また、誰がいつスタートし、最終的に誰が完了して報告したのかも分かることになります。そうすることで業務の連携状況も可視化できますし、作業品質に対しても、誰がどのくらいの時間で実行したときの品質なのかも分かります。そうすることで「適切な作業人時」の設定、作業者のレベルアップの方向性も分かり、店舗内の作業効率化を図ることが可能になります。

実際にある小売企業で、店長からの指示を受けてから報告までのプロセス管理を弊社の業務アプリ「はたLuck」に置き換えてもらう実験をしました。 個人のスマホにアプリをダウンロードしてもらい、SV→店長→各カテゴリー担当、従業員(パートタイマー、アルバイト含む)までの業務指示と完了報告に使用してもらいました。

その結果、店長が各担当に指示を発信する時間は約5分から約2分に短縮され、指示方法のばらつきによる時間コストは60%減少しました。スマホを使うことによって、店長がバックヤードにあるPCと売場を行き来する手間がなくなり、その場で指示が出せるようになったこと、指示方法アプリで統一することができたことにより、指示までの時間を短縮したのです。

図表③ 業務指示をアプリに変更した際の店舗の指示実行件数、対応時間、実行度

また、店長から各担当や従業員を「指定」して業務指示を送れるようになり、指示の受信者が実行と完了報告を行うことで、実行や報告の漏れもほぼなくせることが実証できました。

このように、アナログで手間になっていた部分をスマホアプリに切り替えることによって、その場で対処すことが可能になり、指示を受けること、指示を確認すること、報告をする一連の手間が省けるようになりました。これまでそこに費やしていた時間(人時)も同時に短縮ができたのです。

そして、いま、誰が業務を引き継いでいるのか、誰が実行しているのか、誰が報告したのかを可視化することが可能になりました。

小売業のDXは本質的には、「店舗」というお客さまに価値を創造する場

店舗は、お客さまが欲しい商品を提供し、お客さまの人生を豊かにすることを支援します。それは、日々の指示を実行し、期限内に完遂することによって実現しています。それを従業員が毎日実行し続けることで実現しているのです。その結果、理想の店舗がつくり上げられていきます。それを継続するのは本当に難しいことなのです。

小売業のDXは本質的には、「店舗」というお客さまに価値を創造する場であるべきです。それは、日々の業務を実行する「人の能力」を支え、拡張する仕組みであることが重要だからです。

小売最大級の企業であるイオンの岡田元也氏は新入社員の入社式で次のように語っています。「『小売業が人間産業である』という言葉は、小売業が単に人を介して商行為を行うということを意味しているわけではない。人間の持つ無限の力や可能性を大事にするということだ。(中略)もちろん、組織論や経営技術、ITの力も大切だ。しかし、それらは皆さんの人としての力を最大限に引き出してくれるための道具に過ぎないということを忘れないでもらいたい」

 最後に私がお伝えしたいことは、小売業はこれからも人間が中心となる産業であること、そしてDXはその人間活動を支え、拡張するための力になることだということです。それが、小売業のDXの本当の意義なのだと思います。

そめや たけし 1976年茨城県生まれ。小山工業高等専門学校電気工学科卒、信州大学経済学部卒。98年リクルートグループ入社、中途・アルバイト・パート領域の求人広告営業などに従事。2001年デジットブレーン入社、副編集長、ホテルやハウスウェディングのコンサルティングに従事。03年リンクアンドモチベーション入社、大手小売・外食・ホテルといったサービス業の採用・組織変革コンサルティングに従事。12年同社執行役員就任、新規事業開発(グローバル事業立ち上げ、健康経営部門の立ち上げ)を経て、サービス業に特化した組織人事コンサルティングカンパニー長に就任。17年 ナレッジ・マーチャントワークスを設立、代表取締役に就任。チェーンストア経営の組織変革を目的にサービス産業に特化したリテールテック事業を推進。

はたLuck サービスサイトhttps://hataluck.jp/

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