「ワークフォースマネジメント」を重要な経営課題と位置付ける西友の店舗DX
2023.08.02
コロナ禍を経てEC(電子商取引)などの多様なチャネルが浸透した小売業界では、DX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性が増している。販売や接客だけではなく、従業員の働き方においてもDXを実施することで、店舗運営の改善や従業員の満足度につながっていく。特にサービスの質を保ちながら効率的に人員を配置する「ワークフォースマネジメント」の考え方は、経営、従業員の満足度、顧客満足度のどの点においても重要になる。
本記事では2023年7月6日に実施されたアクセンチュア、Blue Yonderジャパン、日本マイクロソフト共催のウェブセミナー「コロナ禍後の小売り・流通業界に求められる差別化、競争力強化戦略とは~小売業DXや戦略的なワークフォースマネジメントによる店舗運営の改善、従業員満足度向上~」から、株式会社西友 執行役員 DX推進本部長の荒木 徹氏による「西友におけるワークフォースマネジメントの取組み」の講演をレポートする。

目次
西友が歩んだ3段階のフェーズ
荒木氏によると西友には創業から3つのフェーズがあったという。第1フェーズは1963年の創業からセゾングループの小売業としてスーパーマーケット(SM)、総合スーパー(GMS)、百貨店からなる複合的な小売事業体であったときだ。事業を拡大し、成長する中で、ファミリーマートや無印良品といういまや大企業となったビジネス部門を一部門として生み出している。また、ネットスーパーもこの時期に開始した。
2つ目のフェーズは2002年からウォルマートと資本提携をし、08年にウォルマートの完全子会社となったころだ。バブル崩壊を受け、長年西友の業績が大きく落ち込んだことがきっかけになった。西友はウォルマートの世界最大のスケールを生かした調達や、強固なカルチャー、EDLP(Every Day Low Price)、EDLC(Every Day Low Cost)といった強い戦略、数多くのベストプラクティスなど、それらを活用することで小売業としてのビジネスを磨き、収益性が改善されていった。西友はこのフェーズから食品を中心とするSM事業への集中を一層加速した。
第3のフェーズとなる18年からは楽天西友ネットスーパーを開始し、21年には楽天とKKRの資本参画を受け、日本で独立した企業としての成長を目指すこととなった。さらに直近では楽天が西友株式をKKRに売却したことから、現在はKKRとウォルマートが西友の株主となっている。
荒木氏は「新たな株主と日本のマーケットに根差した独立企業としてOMO(Online Merges with Offline)ナンバーワンリテーラーを目指し、さらなる飛躍を可能とする基盤を新たに構築し、その飛躍を実現する施策を推進するフェーズに入っており、確実に業績を改善してきています」と語る。
独立企業となり、テクノロジー基盤もウォルマートから切り離しをしなければならない。荒木氏の担当する新西友DXプロジェクトは西友独自の基盤を新たに構築するという重要な施策を担い、実施している。
ワークフォースマネジメントは重要な経営課題
西友ではウォルマートとの協業のフェーズからワークフォースマネジメント(WFM)は注力分野のひとつである。ウォルマートはEDLP、EDLCを戦略として持ち、「生産性ループ」を効率的に回すことを重要視していた。
生産性ループとは、いかに効率よく業務を運営するかを基点とし、原価を下げて販売価格を下げ、顧客の売上ボリュームを拡大し、さらなる規模拡大により効率を上げるというループを回すこと。
「生産性ループの基点となる効率的な運営、収益コントロールのために最も重要な要素となるのが店舗人件費のコントロールだ」と荒木氏は語る。
「一般的なSM業態では、販管費のうち最も大きな割合を占めるのが店舗人件費であり、一般的には売上対比で10%を大きく超える非常に大きなコスト項目になります。このコントロールの巧拙がビジネスの成否を分ける最も重要な要素の1つと考えられます」(荒木氏)
また、荒木氏によると、適切なタスクに適切な人員を配置することが、サービスレベルを維持・改善する上で重要だという。今後、採用の難しさや人件費高騰が長く続く可能性があり、WFM領域の課題解決、改善は重要な経営課題であり続けているという。
店舗人件費のコントロールに必要な2つの機能
店舗人件費のコントロールに対し、荒木氏は「まず、より精度の高い需要予測の機能が必要だ」とする。客数、商品の販売数量が見込みより少なければ、店舗の人員は余剰となり、無駄なコストになってしまう。反対に客数、商品の販売数量が見込みより多くなると店舗で人手不足が発生し、お客さまへのサービスレベルが十分でなくなってしまう。
もう1つ必要な機能は、「より簡便にスケジュールシフトに落とし込む機能だ」と荒木氏はいう。西友は現在、約330の店舗を持ち、従業員は約3万人に上る。そもそも最適化されたスケジュールを組むこと自体が難しい上、作業工数、コストも莫大なものとなる。フレキシブルに変化するリソースや顧客のニーズに対応するためにも、テクノロジーのサポートが必要であることは間違いない。
これらの課題を解決するためには、SOW(Statement Of Work:作業明細)とSOT(Standard Operation Time:標準作業時間)を作成・標準化し、ソリューションに適用することが重要になると荒木氏は考える。
SOW、SOTの品質が低ければ、シフトも非効率になり、顧客サービスも十分に提供できなくなる。例えばSMであれば、店形、規模、提供している商品・サービスの形態などによって複数のバージョンの標準作業を定義する必要がある。
株主変更を経てBlue Yonder社は再度、選ばれた
西友ではウォルマートの子会社のときからBlue Yonder社のWFMソリューションを適用してきた。今回の株主変更に当たって、ウォルマートの基盤をそのまま継続できなくなるといった問題があったが、独立企業としてテクノロジー基盤を再構築する必要に迫られた結果、改めてWFM領域の選定を行い、再度Blue Yonder社のソリューションの適用が決定したという経緯を経ている。

なぜ、再度Blue Yonder社のソリューションを適用したかということに対し、荒木氏は3つの理由を挙げる。まずは「需要予測精度が高い」こと。次に「過去数年の実績を積み重ね、データと活用の蓄積があり、結果として財務的な効率化を実現できていたこと」。そして「将来的な機能拡張に期待を持てる」ことだ。
荒木氏はBlue Yonder社のWFMソリューションの活用について、「現在、私が担当しているプロジェクトにおいては、ウォルマート環境で保有していたWFM基盤をある程度リフト&シフトの形で効率的に移行することができたため、その基盤となるSOPやSOT、また活用のためのナレッジをそのまま継続使用できたのは非常に大きなメリットであったと考えています」と語る。
効率的な店舗運営と顧客満足度の向上を実現、さらなる改善も
荒木氏はBlue Yonder社のWFMソリューションを適用して得られた効果について「適正人時をそれぞれのタスクにアサインすることが可能となり、レジ待ちの解消、お客さまのストレス軽減、顧客満足度の向上を実現できました」と語る。
財務面においては、店舗人件費、シフト作成の効率化によりコストコントロールも大きく改善したという。具体的な数字は明かせないとしたが、業界水準と比較しても非常に効率的な店舗運営ができる強い基盤の構築につながったとしている。

今後について荒木氏は、「現時点で未だ西友では適用ができていない将来的な機能拡張として、従業員との相互コミュニケーション、より精度の高い需要予測、サプライチェーン連携、PDCAによるさらなる効率化を実現したいと考えています」と語る。
従業員との相互コミュニケーションでは、シフトへのコミュニケーションのシステム的な強化を考えているという。従業員からシフトに対する細かなリクエストをモバイルで受け、それを店舗のマネージャーたちがフレキシブルに対応するような相互連携だ。
荒木氏は、WFMソリューションのコア機能である需要予測精度の向上、SOP、SOTの一層の洗練によって、店舗ごとの人員計画の精度のさらなる向上や店舗運営の改善、店舗人件費コントロールのさらなる進化、それによる財務指標の大きな改善も実現できると考えている。
「あくまでもツールは基盤であり、そのインプットをいかに高い精度のものとするか、またそのアウトプットをいかに実ビジネスのKPI、KGIに効くものに活用しきれるかが非常に重要で、このソリューションの導入の成否を分けるものとなります。そういった意味では非常に骨の折れるプロジェクトになるのは間違いありませんが、やり切ることができればビジネスの在り方を大きく変える転換点になることは間違いありません」と荒木氏は力強く語った。