NRFビッグショー2023ハイライトレポート、インフレに直面する小売業が挑む新技術実用化と生産性向上、顧客体験向上

2023.02.06

2023.02.05

1月にニューヨークで開催された全米小売業業界(NRF)ビッグショーには最新の小売戦略とリテールテクノロジーを求めて世界中から3万5000人以上が参加、エキスポでは1000以上の企業が出展した。

昨年までのショーでは、コロナ禍によって激増したEコマースへの対応やサプライチェーン問題を乗り切るため、ロジスティクスやフルフィルメント領域での革新的なリテールテクノロジーや事例が紹介されたが、今年はどの登壇者も「インフレの影響で2023年度上半期は厳しい」という見方を示した。

新味のある戦略や技術の紹介より、昨年までに出てきた新技術をいかに実用化して生産性や顧客経験を向上させるか、という議論に焦点が当たっていた。コンファランスの中からそのハイライトをご報告する。

目次

ホールフーズマーケット新CEOの初登壇

昨年ホールフーズマーケットのCEOはカリスマ創業者ジョン・マッキー氏からジェイソン・ビュークル氏に交代し、ビッグショー開催直前の1月13日に「グローウィング・ウィズ・パーパス(目的をもって成長する)」という新たなヴィジョンを発表した。

同社の創業時からのミッションである、人々と地球を育むという目標をさらに深めるもので、①店舗・オンラインで最高の顧客経験の創造、②チームメンバー(従業員)の成長と幸せへの投資、③飛躍的な事業業績の達成、④新たな方法で顧客にサービスを提供、という優先項目を掲げている。

ビッグショーではビューケル氏は1週間前に新規出店したマンハッタン、ウォール街に触れ、近年特に力を入れているローカライゼーション戦略を反映してニューヨーク市および近郊から1000アイテム以上を販売していることを紹介、また今後は年間30店舗出店し、少なくとも100店舗増やすという出店計画を明らかにした。

またサプライヤー、顧客、コミュニティパートナーとのコミュニケーションを重視する「ホール・カンバセーション」プログラムを紹介し、昨年はチームメンバーと共に全米を回って直接会話するツアーを実施したと報告した。

ホールフーズマーケットがアマゾンのレジレスのジャストウオークアウトシステムを導入したことについては「テクノロジーは顧客を幸せにするためには不可欠なものであり、(現在2店の)レジレス店舗では顧客が何を喜んでいるかを調べている」と説明した。

ホールフーズマーケット新CEO、ジェイソン・ビュークル氏。出典:NRF

デジタルツインで店舗経験革新を目指すクローガー

デジタルツインとは、現実空間のモノや環境に関する情報をデジタル化し、仮想空間上で同じように再現する技術を指す。実際の店舗をテストのために変更することはコスト面や顧客を惑わすリスクがあってできないが、クローガーはデジタルツインを使ってヴァーチャル店舗を作り、シミュレーションを行っている。

シミュレーションの対象は従業員のアロケーション、作業プロセス改善、需要予測など生産性の計測にかかわるものと、顧客への新たな価値の提供にかかわるものなどがあり、客数、滞留時間、バスケットサイズなどの設定を増減させて分析している。同技術はまだ研究を始めたばかりで実用はされていないそうだが、クローガーは既にAI(人工知能)を使ったルーティン業務の見直しや食品廃棄の削減を行っているので、デジタルツインも本格的導入を前提に学習を続けているようだ。

クローガーのデジタルツイン店舗。出典:クローガー広報資料動画を会場で平山撮影

AIによるレストラン店内オペレーションの効率化

AIによる店舗内業務の効率化という点では、米国ではQSR(クイックサービスレストラン)、いわゆるファストフードチェーンでの活用事例が先行している。マイクロソフト社が主催した「来る5年間のレストランテクノロジーの行方」では全米で人気のチポレメキシカングリルとクラッカーバレルオールドカントリーストアが現状と今後の展望を語った。

コロナ後QSR業界では店内での接触を最小限にするため、オーダーと会計はタブレットやモバイルアプリを使って座席で行うことが普及し、またテークアウト、デリバリーの増加によって店内飲食用テーブルが不要となったため、店舗の小型化も始まっている。

また、在宅勤務やハイブリッド勤務の定着によってスーパーマーケットとQSRがランチや夕食を巡って競争が激化している。QSRでは店内飲食、オンラインオーダーの需要予測の精度を高めて収益性を上げることに焦点を当てており、チポレではAIを活用して次の3~5分以内に何がどれほど売れるかの需要予測をテスト中だ。

クラッカーバレルでは1時間ごとにオーダー予測を行っているが、AIモデルでパターンを予測し、新たな食品管理システムを使うことで生産性が向上したと報告した。両社とも在庫管理にもAIを使用している。

さらに従業員のスケジュール、トレーニング、コミュニケーション、業務フロー管理でもテクノロジー活用によって生産性を上げ、従業員が必要な時に必要な情報を提供する態勢を作っている。

チポトレでは1年前まではシフトスケジュールは壁にスケジュール表が貼ってあり、各々携帯カメラで写真を撮っていたが、現在機会学習を利用し、スケジュールとトレーニングはモバイルデバイスベースに移行している。その結果、どの従業員がどこに行くべきか、全員が分かっている状況ができた。クラッカーバレルではトレーニングは2分の短いビデオを使って各自のデバイスで受けられるようになっている。

アルバートソンズのリテールメディア戦略

原価、人件費、物流など全てが高騰し、利益が圧縮される一方の小売業界では、利益率が高い非物販のリテールメディア事業への参入が加速している。背景には①マスメディア、特にTV広告の減少、②デジタル広告の第三者データ問題(個人情報保護強化)、③店舗のデジタル化、があり、追い風となっている。

米国リテールメディア広告市場(支出ベース)のトップはアマゾンで75.5%の市場シェアだが、ウォルマートも5年前の3.5%から現在8.2%と急速にシェアを拡大している。

21年以降、クローガー、ウォルグリーンズ、ターゲット、ダラージェネラル、メーシーズ、ノードストロームなど主要小売業者が本格的に事業参入しており、22年時点で市場規模は408億ドル(約5兆3040億円、1ドル=130円換算、以下同)、24年には611億ドル(約7兆9430億円)が予測されている(eマーケター社、22年3月)。

中でも店舗メディアが注目を浴びている。従来アマゾンに代表されるようにウェブサイト上のデジタル広告がリテールメディアの中心だったが、店舗にデジタルスクリーンを増やすことによって双方向でデータ分析に基づく、より精度の高い広告キャンペーンを展開することが可能だ。さらに小売業者では売上げの85%は店舗が占めるため、ROAS(広告費用対効果)を測定するためには店内広告からのデータは不可欠だ。実際に主要小売企業の月間オーディエンスリーチを見ると、店舗の方が圧倒的に大きい。

主要小売企業の月間オーディエンスリーチ。出典:Placer.ai、コムスコア社のデータを会場で平山撮影

ウォルマートはマーケティング企業、ザ・トレードデスクと、クローガーはストリームTV企業ロクと提携し、消費財企業を顧客にマーケティングを強化する意向だ。

NRFではアルバートソンズ・メディアコレクティブとノードストローム・リテールメディアネットワークが登壇した。アルバートソンズは、以前は広告事業をアウトソースしてきたが、22年に同組織を立ち上げ社内化した。ピントレストと提携し、価格プロモーションや消費財メーカー、ブランド名のみの広告を超えて、より洗練されたターゲット広告を展開し、収益力、高質な顧客グループを持つことをアピールする。

今年1月にはオムニコムメディアグループと提携し、コネクトTVで消費財ブランド広告を開始する。これによって、ストリームTVを革新しながら広告測定が可能となる。

メタバース

日本では昨年ブレークしたメタバースだが、米国では小売企業や消費財企業を含めて、既に多くの企業がメタバース上でマーケティングキャンペーンを行っている。

よく利用されるロブロックスは16年創業のゲーミングプラットフォームで、1日当たり約6000万人のユーザーを持つ。従来は10代が中心だったが、現在は、半数は13歳以上、20~30代のユーザーが急増している。同プラットフォームを利用するメリットは、①ロブロックス上の顧客コミュニティにアクセス、②双方向コミュニケーションが可能、③さまざまなタイプのヴァーチャルイベントを開催可能、④コンテンツクリエーションができる、というものだ。現在、100以上のブランドが利用しているという。

「メタバース:ブランドはいかに参入できるか」にはロブロックス、シセードーアメリカズ(NARSブランド)、PVHヨーロッパ(トミーヒルフィガー)が登壇した。トミーヒルフィガーは21年に初めてロブロックス上にコミュニティを構築、22年9月のニューヨークファッションウィーク中には現実世界でのショー以外にロブロックス上でマンハッタンの街全体をランウェイとしたアバターのショーも開催し、ヴァーチャルストアも提供した。またリアルなショー開催中にロブロックスのライブストリームも開催した。

シセードーアメリカズは、NARSブランドは顧客年齢が少し上であるためヴィジュアル的に洗練され、高度に豊かな世界観が必要、加えてユーザー数の多さを理由にロブロックスを選択し、21年にヴァーチャルグッズを販売。22年には「NARSカラー・クエスト」キャンペーンでアバターにメークアップを試すことができヴァーチャルグッズ総計1960万点をユーザーに提供した。

「NARSカラー・クエスト」。出典:シセードーアメリカズの広報資料を会場で平山撮影

今回NRFでは食品関連のメタバース事例は取り上げられなかったが、ファッション業界が18年ごろから参入を始めた後、コカ・コーラ他消費財メーカー、チポレメキシカングリルなどファストフード企業もコロナ後から年間数回のメタバースキャンペーンを展開している。

ウォルマートも昨年9月にロブロックスに初参入し「ウォルマートランド」を提供した。結果は報告されていないが、米国小売業界では「そこ(メタバース)に顧客がいるから迷わず参入する」が共通認識となっている。

エキスポは開催3日間、夕方まで混雑しており、リテールテクノロジー導入の裾野が広がっていることを感じた。

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