DX化に含まれる深層学習型のAIは、専門家に代われるか?
2022.04.21
2020.08.07
システムズリサーチ 吉田繁治
目次
AI(人工知能)は人間より優れた能力を発揮できるか?
これを考えるには「完全情報ゲーム」と「不完全情報ゲーム」を考えればいい。完全情報ゲームとは、囲碁や将棋のように、ルール(=情報)が有限個であり、そのルールが時間と共に変化しないものである。完全情報ゲームでは、AIは人間より優れた能力を発揮できる。将棋や囲碁では、機械学習型のAIがプロのトップ棋士に勝つことができるのがその証拠である(2016年~)。
しかし、この将棋や囲碁で、ルールを変えると、過去の完全情報の中で学習したAIは途端に、初心者にも勝てなくなる。たとえば、桂馬が、歩のように前に1コマ進めるようにするといったルール変更の後である。過去のルール内で深層学習したAIは、桂馬が前に1コマ進むことができるといった新しい変化には対応できない。これを「フレーム問題」という。
人間の推論は、論理的には「アイマイ」であるため、桂馬が前に1コマ進むことができるというルール変更に、即座に対応もできる(もちろん巧拙はある)。このためプロのトップ棋士が勝てなかったAIに勝つこともできる。こうしたル―ルの変更または変化のある事象を不完全情報のゲームという。
たとえば株価は、日々、新しい、金融の動きの要素が加わって、ルールが変化しいる不完全情報のゲームである。経済的な事象は、不完全情報のゲームである。
結論を言えば、AIは、完全な数式が作れる完全情報ゲームでは人間に代わることができる。しかし、完全な数式が作れない不完全情報ゲームでは、人間の代役にはなれない。自動運転でも、10秒前は障害物でなかったが、10秒後は障害物になるものが、この世に現われれば、運転ができなくなる。
近代工業での加工と運搬は、同じ原材料で同じものを作る完全情報ゲームである。したがって完全AI化ができる。処理ルールが決まっている事務、経理、法務、行政も同じである。
医師の診療や医薬の処方も、判断と処理のルールが決まっていて、個別の変更がない領域ではAI化ができる。たとえば、レントゲン写真の診断である(すでに医師より正確である)。
自動発注などにAIは活用可能か?
売上げの予想や自動発注は、過去の移動平均トレンド(傾向)から延長した確率的な未来である。売上げや株価の予想は、それを決める要素を、全部数式にした完全ロジックによる予想ではない。発注のロジックの基本は、「発注数=期間売れ数の傾向-繰り越し在庫数」である。
自動発注が示すのは、過去の売れ数データの標準偏差の2倍をとったもの(5%の確率は異常値として排除したもの)である。株価のボリンジャーバンド(2倍の標準偏差:95%の確率)と同じである。自動発注とは、品目売上げの95%をその範囲の在庫で賄うものである。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の観点で見ると、Amazonが作った自動化店舗(約60坪のコンビニのアマゾンゴー)は、顧客のコード認識、移動画像認識、商品の画像認識、ショッピングバスケットの商品認識、レジ清算の電子マナー化を一体化(システム統合)したものである。
顧客はアマゾンゴーのアプリを、スマホに入れておく。店舗に入るとき、改札口のようなゲートでそのスマホをかざして顧客を認識させる。天井のカメラは、その顧客の動きを追跡している。
顧客が棚にある商品を取ると、その商品が、その顧客の、「仮想ショッピングバスケット」に入り、代金が自動計算される。棚に戻すと返品になる。棚では、重量センサーで、何個の在庫があるかを判断している。
改札口のようなレジでは、その顧客の買物金額分をスマホの電子マネーにチャージして、代金を精算する。顧客のスマホには、商品明細と代金が示されたレジペーパーが自動表示される。これで、買物が完了する。レジ待ちがないことが顧客に好評である。たくさんの食品がある自動販売機を、電子マネーでオープンな棚の店舗にしたと考えればいい。
2018年にシアトルに、社員を対象にした1号店(実験店)が出された。実験は成功し、その年度には3000店の出店計画を作っている(21年までの計画)。平均の顧客単価が、10ドル(約1050円)に上がる効果があった(日本のコンビニは618円)。1店のハードウエアのコストは100万ドル(約1億500万円)だった。これは出店数が増えると、下がっていく。
アマゾンは、この成功を見て、生鮮食品の中型店もアマゾンゴーと同じAIの仕組みで出している(アマゾンゴー・グロサリー:20年2月:シアトル)。店舗面積930㎡(281坪)と、日本の都市型スーパーマーケット(SM)並である。棚の商品補充は係員が行うが、あとは自動化されている。
こうした自動化店舗が、有店舗に代わってしまうことはない。しかし、市場の需要の増加部分は、現在のWEB販売のように賄うことになっていくだろう。日本ではトライアルカンパニーが、スマート精算のショッピングカートを実験している。お客が商品を棚から取り、自ら商品をスキャンしてショッピングカートに入れ、プリペイドカードで精算する仕組みである。SMでは、店舗の総人時(合計労働時間)の約35%~40%がレジ要員のものである。35%の人時が、商品の品出し・棚陳列と、発注に使われている。両方を合わせると、店舗の人的作業(労働時間)の70%~80%を占める。
店舗での商品販売に、店員がいることが、どの程度の増加効果を果たしてるのかが分かるのは、商品構成が同じ自動化店舗を作ったときである。DXは、レガシーシステムが果たし得なかった領域の情報化と、認識の自動化を果たす。
DX化の推進に必要なトップダウンのビジョン
レガシーシステムは、現場からのボトムアップによって図ることもできた。既存組織の各部門の、事務作業の業務流れについて、「データ入力→データ処理→集計表の出力」の3要素からなるフローチャートを作り、それをプログラム化したからである。レガシーシステムの目的は、数字と文字を扱う事務作業の効率化だった。
DXは、要は自動化である。自動化は新しい組織と事業を作る。WEB販売は、店舗を商品画像、商品仕様、価格にすることによって、商品陳列と販売を自動化したものだ。DXによる自動化は、新しい事業(業態)になる。新しい事業は、現場からのボトムアップでは作れない。全体の成果責任を負うトップマネジメントが参加して、DX化は推進ができる。
トップが未来事業を作るというビジョンが必要なのが、DX化である。既存事業にDX化した新事業を加えることである。既存の事業をDX化するときは、事業(業態=商品の仕入れ・開発と販売方法による分類)を変えてしまうことである。
トップの業務責任は決まっていない。自分で決めるものである。会社を率いるトップの業務責任には、以下の3項を盛り込むべきである。
①既存事業で、計画した利益を上げるために、管理を行う
②社員の生産性を上げる仕組みを作り、業界平均より30%は高い賃金を払う
③数年先の新事業を構想し、新事業のビジョンを設計して(あるいは設計を委託して)作る
一般に、売上げが増えなった既存事業は10年を過ぎると、社員の高齢化も加わって、自滅していくからである。売上げが増えないことは、新入社員が少ないことでもあるからだ。日本の既存小売店は約25年、売上げが増えていない。
日本の産業(店舗は100万店)で、DX化が米国、中国、韓国に遅れて、生産性が高まらなかったのは、トップがDX化へのビジョンを作るという成果責任を果たさないことが多かったからである。
16年以降急激に進歩し、アプリケーションの領域が広く、深くなったAI化では、米国と中国の3周遅れともいわれている(AI学者の弁)。この遅れを取り戻せないと、インターネットが使われて、アマゾンというDX事業が出た1995年以来、生産性が年0.5~1%しか上がっていない日本産業の未来には暗雲が垂れ込める。
よしだ しげはる システムズリサーチチーフ・コンサルタント。1972年東京大学卒(専攻フランス哲学)。流通企業勤務の後、経営、情報システム、財務戦略などのコンサルタント。85年に住関連業界の店舗統合管理システムと受発注ネットワークのグランドデザイン。経営、業務、システムの指導に従事。95~2000年は旧通産省の公募における情報システムの受託開発で連続して4つのシステムを開発。00年インターネットの論考の提供を開始。週刊メールマガジン『ビジネス知識源プレミアム(有料)』『ビジネス知識源(無料)』を合計約4万人の固定読者に配信。各地・各社での講演と流通・小売り・製造・サービス・IT・財務戦略を含む経営戦略指導。流通業の経営戦略担当顧問を歴任。経営戦略、商品戦略、在庫管理、サプライチェーン、ロジスティクス、IT、経済、金融、財務戦略などの時事分析の考察を公開。