カーボンプライシングとは?求められる背景や、世界や日本の導入状況、企業の取り組み事例などを解説
2023.06.20

カーボンプライシングとは、温室効果ガスの排出量に価格を付けることだ。脱炭素への取り組みは政府だけでなく、各企業も取り組んでいかなければならないことであり、カーボンプライシングはその重要な一つの仕組みである。
本記事では、カーボンプライシングはそもそもどのような仕組みで、どういった背景で求められているのか、世界や日本の導入状況、インターナルカーボンプライシングについて導入している企業例などを解説していく。
目次
カーボンプライシングとは?
「カーボンプライシング」とは、温室効果ガスの排出量に対し、価格を付ける仕組みのこと。これまでは温室効果ガスを排出しても特に費用はかからなかったが、温室効果ガスに費用を付すことで、排出コストに意識が向けられ、CO2の排出を抑制する動きに繋がる。温室効果ガス排出費用の「見える化」だ。「明示的カーボンプライシング」とも呼ばれる。
カーボンプライシングの特徴
カーボンプライシングには、CO2排出にどのくらいの費用がかかったかが明確になるという大きな特徴があるが、その他に次の2点の特徴がある。
費用を効率的に抑えながら炭素排出を削減できる
温室効果ガスを排出するとかかる費用が可視化されるため、他の対策と費用の比較ができ、効率的に炭素排出の削減ができる。温室効果ガスの排出量削減には、通常、巨額の資金が必要となる。しかし、他の対策とカーボンプライシングの負担費用を比較できるため、負担が少ないものから取り掛かることができる。
また、公平性にも繋がる。カーボンプライシングで可視化されることで、どの事業者が削減努力をしているのかがはっきりと分かるため、多くの削減を行ってきた事業者にさらに削減を求め、削減努力の足りない事業者に削減を求めないといったことが起こらなくなる。
汚染者負担の原則
「汚染者負担の原則」とは、汚染者が汚染防止対策と規制措置の費用を負担するという考え方だ。かかった温室効果ガスの排出量に合わせて費用を負担する明示的カーボンプライシングは、汚染者負担の原則に則っているといえる。
カーボンプライシングの方法
日本国内で取られるカーボンプライシングの具体的な方法は、次の4つがある。
炭素税
燃料や電気を使用して発生するCO2の排出量に比例した課税を行い、炭素に価格を付けること。
国内排出量取引
企業ごとに排出量の上限を決めて、排出量を超える企業と下回る企業で、排出量を売買する取引。価格は排出量の需要と供給で決まる仕組み。
クレジット取引
CO2削減価値をクレジット・証明書化し、取引を行うもの。次の4つある。
・非化石価値取引
再生可能エネルギーや原子力など、化石燃料でないエネルギーの価値を売買する
・Jクレジット
温室効果ガスの排出量や吸収量を、クレジットとして他企業に売買する
・JCM(二国間クレジット制度)
途上国と協力して実現した排出削減量を二国間でクレジットとして分け合う
・ゼロエミッション社クレジット取引
ゼロエミッション車をクレジット化し、自動車メーカーに一定比率以上のクレジットの取得を求める
インターナルカーボンプライシング
企業が独自に炭素価格を決め、投資判断などに活用する仕組み。
詳しくは、「インターナルカーボンプライシングとは?」の章で解説していく。
暗示的炭素価格とは?
明示的カーボンプライシングに対し、暗示的炭素価格という仕組みがある。暗示的炭素価格は、元々の目的が温室効果ガスの排出量削減ではなく、他のことを目的としたものだ。例えば、エネルギーの消費量に対しての課税である「エネルギー課税」や、規制や基準の遵守のために排出削減コストがかかる「規制の遵守コスト」がある。
参考:
環境省「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」取りまとめ~脱炭素社会への円滑な移行と経済・社会的課題との同時解決に向けて~
環境省 カーボンプライシング(炭素への価格付け)の全体像
カーボンプライシングが求められる背景

パリ協定
カーボンプライシングはどういった背景で求められてきたのか。それにはパリ協定の影響が大きくある。
2015年に国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)において、パリ協定が採択された。パリ協定は、京都議定書に代わる、2020年以降の温室効果ガスの排出量削減などのための新たな国際枠組みであり、歴史上初となる全ての国が参加する公平な合意だ。
パリ協定では世界共通の長期目標として、世界全体の平均気温の上昇を、工業化以前より2℃高い水準を下回るように抑えることと、1.5℃高い水準までに制限するための努力をすることが掲げられている。この長期目標を達成するために、温室効果ガス排出量の削減が求められており、各国では、削減目標を5年ごとに提出・更新することとなっている。
日本は、2021年4月22日に米国主催気候サミットにおいて、2030年度に温室効果ガスの排出を、2013年度から46%削減することを目標とし、さらに50%に向けて挑戦すると表明している。
なぜカーボンプライシングか
温室効果ガス排出削減で、どうしてカーボンプライシングの方法が取られるのかというと、「カーボンプライシングの特徴」でも述べた、最小コストで長期的に削減ができるという点がある。長期的にCO2排出量を抑えていくためにはコストを削減することは重要だ。
また、カーボンプライシングにより、炭素ベースのエネルギー価格が引きあがることで、炭素ベースのエネルギーへの需要低下に繋がることや、汚染者負担の原則から経済的にもプラスになる。
参考:
外務省 気候変動 2020年以降の枠組み:パリ協定
外務省 気候変動 日本の排出削減目標
環境省 カーボンプライシングの意義等について
カーボンプライシングの世界や日本での導入

世界、日本でのカーボンプライシングの状況を見ていこう。
欧州
初の炭素税導入
1990年にフィンランドで炭素税を導入したのが最初だ。1991年にはスウェーデン、ノルウェー、1992年にはデンマークで炭素税が導入された。
EUETS(排出量取引制度)の導入
EUでは、2005年よりEUETS(排出量取引制度)を導入している。EUETSは、EU加盟国とアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーの対象企業に排出量の上限を割り当て、過不足分を市場で取引するというものだ。2018年以降、EUETSの価格は上昇している。特に、2020年12月に、2030年のGHG削減量目標が55%に引き上げられてから、2021年9月1日にはCO2排出1トン当たり、60ユーロを超えている。
EU非加盟国である英国では、2021年1月から独自のUK-ETSを導入している。また、ドイツでは、EUETSに該当しない燃料の供給事業者を対象とした排出量取引制度を導入している。
炭素国境調整措置
炭素国境措置とは、規制の緩いEU域外への製造拠点の移転や、輸入増加を規制する対策として、EU域外の5分野の事業者を対象に、対象製品を輸入する際にEU域内と同等の炭素価格で購入することを義務付ける措置だ。EUでは2022年に炭素国境措置の導入に合意をしている。
米国
RGGIの導入
RGGI(リージョナル・グリーン・ガス・イニシアチブ)は、電力部門を対象とした排出量取引のことを示す。州レベルでの導入で、合計で11州が開始している。
ETSの導入
カリフォルニア州では450社を対象に、2013年よりETSを導入した。カナダ・ケベック州でもETSが導入されている。
中国
ETSの導入
温室効果ガスの排出量が世界一の中国では、2021年7月より全国でETSを導入開始した。元々、2013年に北京市や上海市など7省・市で導入され、その後2省が加わり、温室効果ガス排出権取引制度が実施され、2021年に全国で導入された。
日本
地球温暖化のための税
日本では2012年に「地球温暖化のための税」が導入され、CO2、1t当たり289円が化石燃料の輸入事業者などに課されている。
GX-ETS
GX-ETSは、2023年度から導入される排出量取引制度。GXはグリーントランスフォーメーションの略だ。2023〜2025年度の第一フェーズ、2026年度からの第二フェーズでは企業が排出削減目標を掲げて、目標に対する削減量の過不足分を取引する。なお、第一フェーズでは、制度への参加は強制されず、第二フェーズは未定だ。
炭素に対する賦課金
2028年から導入予定の炭素税にあたる制度。化石燃料を輸出する電力・ガス、石油元売り、商社などの企業に対し、燃料ごとの排出量に応じた賦課金の支払いを求めるもの。
インターナルカーボンプライシング(ICP)とは?
インターナルカーボンプライシング(ICP)は、カーボンプライシングの一つである。炭素税や排出量取引が政府によるカーボンプライシングであるのに対し、ICPは企業であることがポイントだ。
環境省の「インターナルカーボンプライシング活用ガイドライン」では、インターナルカーボンプライシングのことを、「企業内部で見積もる炭素の価格であり、企業の脱炭素投資を推進する仕組み」と定義づけている。
つまりICPは企業が独自で炭素に価格を付けることであり、投資判断などに活用ができる。社内で一旦実現可能な単価を設定し、そこから柔軟に変更をしていくイメージだ。例えば脱炭素の動きが弱まっている場合は、価格を下げることで脱炭素への取り組みを見直すことや、強まっている場合は価格を上げてさらに推進していくことができる。
インターナルカーボンプライシングのメリット
経済価値換算ができる
脱炭素という目標は、政府だけではなく各企業が取り組まないと達成できないが、企業側は脱炭素のためにどのくらいの投資が必要になるのか不透明だ。CO2の価格を踏まえると、現在の事業にはどのくらいコストがかかるものかも分かりにくい。そこで、CO2に価格を付け、年間のCO2削減量と合わせて可視化を行うと、CO2を加味した価値額が分かるようになる。脱炭素化への取り組みが事業に与える影響を経済価値換算できるのだ。
世の中の動向に合わせた意思決定
炭素の価格だけを変えていけばいいため、世の中の動向や、社内の状況に合わせて柔軟に意思決定を下せる。
社内の不公平感の解消
部門ごとにCO2削減貢献が可視化されるため、社内での不公平感の解消に繋がる。
社外へ定量的に脱炭素のアピールができる
価格が高ければ高いほど、それだけ脱炭素に強く取り組んでいることになるため、企業の認識を対外的に示すことに繋がる。
参考:環境省 インターナルカーボンプライシング活用ガイドライン~企業の脱炭素・低炭素投資の推進に向けて~
インターナルカーボンプライシングの導入事例
企業ではどのようにICPを導入しているのか、3社の事例を紹介しよう。
KDDI
社内炭素価格:14,000円/t-CO2 (CO2 1トンあたり)
KDDIでは、2023年2月28日からインターナルカーボンプライシングを導入した。
適用対象例としては、再生可能エネルギー発電設備の導入、エネルギー効率を向上させる設備更改、省電力技術の導入などで、順次拡大していく予定だ。
凸版印刷
社内炭素価格:130USドル/t-CO2(導入時)
凸版印刷では、2023年度における設備投資からインターナルカーボンプライシングを導入する。設備投資によるCO2増減量に対して、社内炭素価格を適用し、CO2削減効果の高い施策に優先投資をしていく。
明治グループ
社内炭素価格:5,000円/t-CO2
(※海外グループ会社においては社内為替レートを用い換算)
明治グループでは、省エネ設備などの設備投資によるCO2排出量の増減に対して、社内炭素価格を適用し、費用換算したものを投資判断の参考としていく。
カーボンプライシングで脱炭素へ
カーボンプライシングは、地球温暖化の原因である温室効果ガスの排出量を削減するための取り組みだ。炭素に価格を付すことで、費用負担や公平性が明確になる。企業内でもインターナルカーボンプライシングを導入することで、経済価値換算や社内の公平性に繋がっていくだろう。様々な企業の導入事例を調べてみてはいかがだろうか。