小売業におけるAI活用とは?先進企業の取り組み事例を交えて紹介
2023.12.08
小売業界はECサイトの台頭やコロナ禍による外出自粛など、時代の変化の影響を大きく受けている。時代の変化に伴う課題を解決すべく、昨今多くの企業で推進されているのがDXだ。
本記事では、DXにおけるデジタル技術の一つ「人工知能」の基本、および小売業界の先進企業のAI活用例を中心に解説していく。
人工知能(AI)とは?定義や概要
総務省の資料では、人工知能(AI:Artificial Intelligence)は「知的な機械、特に、知的なコンピュータプログラムを作る科学と技術」と説明されており、広義の意味では人間と同様の知能を持つ人工的なコンピュータのことを指す。繰り返し学習を行いながら、人間の知的能力を模倣。そして、得られた学習内容を応用し、画像認識・音声認識・自然言語処理・異常検知などに活用していく。
人工知能の定義は団体・研究者によってさまざまであり、人工知能学会設立趣意書では「大量の知識データに対して、高度な推論を的確に行うことを目指したもの」、人工知能学会会長も務めた堀浩一氏は「人工的に作る新しい知能の世界である」と説明。
人工知能に確立した定義が存在しない背景には、「知性」や「知能」に定義がない点が挙げられる。構成する用語が定義付けされていないため、人工知能に関しても、明確な定義付けは難しいと考えられている。
人工知能の活用領域は非常に幅広く、例えばゲーム領域。2016年3月には、Google DeepMindによって開発された囲碁対局用の人工知能「AlphaGo(アルファ碁)」が、囲碁のトップ棋士である李九段と5番勝負を行い、4勝1敗で勝利を収め、世界に衝撃を与えた。
また、医療業界も医療AIを積極的に導入。ゲノム医療・診断・治療・医薬品開発・介護など、多様な領域で導入は進められており、医師の負担を軽減しつつ診断の質を高めている。
その他、本記事で紹介する小売業界をはじめ、金融業界・製造業界・不動産業界・建設業界・物流業界などの業務にも、人工知能は活用されている。
生成AIの台頭
昨今の人工知能で最も注目されているの生成AIだ。
生成AIとは、大量のサンプルデータから機械学習を行い、創造性に富んだ成果物を作り上げることができる人工知能だ。別名「ジェネレーティブAI」とも呼ばれており、文章や画像、動画、音楽、プログラムといったコンテンツを創造可能。クリエイティブな業務の補完やコスト削減などを図れるとして、ビジネス領域では生成AIの可能性に期待が高まっている。
直近で話題となったテキスト生成AIと言えば、OpenAI社によって開発されたChat-GPT。ユーザーが入力した質問に対して意図を汲み取りつつ、人間の文脈も理解しながら自然な文章を返す生成AIであり、その高い自然言語処理能力は大きな注目を集めることに。
また、アメリカのIT系調査会社ガートナーが発表した「2022年の戦略的テクノロジのトップ・トレンド」において、生成AIはソフトウェアコードの記述・医薬品開発・ターゲットマーケティングの促進といった業務プロセスに活用でき、成長を加速するテクノロジーとして関心が寄せられた。さらに、ガートナーは2025年までに生成される全データの10%が、生成AIによって生成されるという可能性も示している。
クリエイティブな業界に限らず、今後あらゆる業界のコンテンツ制作において、生成AIは活用されていくと考えられるだろう。
小売業界の課題
昨今、小売業界は多様な課題を抱えているが、それらを解決する手段の一つとしても人工知能は活用されている。ここでは、小売業界の課題および人工知能の活用例を紹介していく。
消費者行動の多様化
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、消費者行動は大きな変容を見せている。ここでは、コロナ禍がもたらしたキャッシュレス決済の浸透、およびECの流布という観点から、人工知能の活用例を見ていく。
キャッシュレス決済の浸透
キャッシュレス決済はスピーディーに会計を済ませられるだけでなく、金銭の受け渡しが発生せず感染拡大の防止にもつながるとして、多くの消費者から選ばれている。小売店も購買環境の整備を求められる中、AIを活用したキャッシュレス決済の導入が進められているのが、無人店舗だ。
無人店舗では、入店後の消費者の動きをカメラや棚の重量センサーで視認してデータを収集し、AIがデータを分析・処理することで、消費者の購入商品を判別。店舗にもよるが、消費者はそのまま退店するだけで決済が完了するため、クレジットカード決済やスマホ決済よりも一層スマートに買い物を終えられる。
しかし、日本のキャッシュレス決済比率は、海外諸国に比べて低水準。主要各国のキャッシュレス決済比率は40~60%であるのに対し、日本の比率は約30%である。
現金で決済する消費者がまだまだ多く、小売店も一定額の初期導入費用・決済手数料が発生するため、一概にキャッシュレス決済の導入を喜べない店舗も。とは言っても、日本のキャッシュレス決済比率は、経済産業省が発表した「2021年のキャッシュレス決済比率を算出しました」によると、2020年の29.7%から2021年の32.5%まで伸長。着実に利用率を伸ばしており、小売店も新たな客層の集客に向けて導入すべきと言えるだろう。
ECの利用の拡大
EC市場はコロナ禍を契機として、サービス系分野は衰退したものの、物販系分野は消費者の巣ごもり需要も影響し、大きく拡大した。
実店舗のみ展開していた事業者に関しても、販売チャネルを拡大するため、ECサイトをオープンしたという事例は少なくない。しかし、オンライン上には類似商品が多く、その利便性の高さも相まって消費者から商品比較をされやすいので、販促は容易とは言えない。
そこで活用したいのがAIの技術。例えば、大手ファッション通販サイトのZOZOTOWNは「Recommendations AI」を導入し、ユーザーごとにおすすめの商品を表示して販促を行っている。
その他、近年多くのECサイトで見られるようになったのが、AIチャットボットのサービス。消費者からの質問に対して素早く、かつ柔軟な回答を行えるので、購買意欲の高い状態を保持可能。有人だけで問い合わせに対応するより、コンバージョンの改善を見込めるだろう。
ECサイトを展開する際も、人工知能の技術は積極的に導入したいと言える。
人手不足
小売業界の人手不足は依然として、深刻な状態が続いている。オーナー・社員・グループ内でのヘルプなどで人員不足を補う店舗も存在するが、既存人員の負担が増えるだけで、抜本的な解決につながっていない店舗も多いのが実情だ。
実際、経済産業省が2022年3月に取りまとめた「商取引・サービス環境の適正化に係る事業」によると、小売業界の業態別に見た人員確保状況は、下記の通り深刻化している。
業態 | 確保できている | 確保できていない |
コンビニ | 42% | 58% |
スーパー | 39% | 61% |
ドラッグストア | 67% | 33% |
ドラッグストアに関しては、人員を確保できている店舗が半数以上を占めているが、コンビニ・スーパーは人手不足に悩む店舗も多い。この人手不足を解消する手段の一つとして、注目されているのが人工知能の活用。
前述の無人店舗に関しても、人員の省力化につながる手法と言えるが、その他にも下記のような活用例がある。
店舗オペレーションの自動化 | 値付け・棚出しなどのオペレーションをAIとロボットで自動化 |
管理業務の簡便化・自動化 | データ・AIを活用し、受発注業務やシフト管理などを簡便化 |
需要予測 | AIを活用したデータ評価によるパターン識別と推論を活用した需要予測 |
一部業務をAIが代用することで、慢性的な人手不足の解消にもつながると言えるだろう。
コストの上昇(原材料・物流費高騰など)
コロナ禍における原材料の生産量低下や円安などが影響し、日本の物価高騰は歯止めがきかなくなっている。加えて、物流費や光熱費などエネルギー価格も高騰しており、店舗のコスト管理は一層厳しさを増している。
このような事業環境変化への対策としても、人工知能は有効。例えば、コンビニではデータ・AIを活用して予測の高度化、および販売状況に応じた売り切り施策を講じることで、廃棄を抑制可能。結果的に原価率の低下を期待できる。
前述のAIを活用した無人化や店舗オペレーションの自動化、管理業務の簡便化などでも人件費の削減を期待でき、コストが上昇する中でも増益を見込めるだろう。
小売業におけるAI(人工知能)の活用
ここでは、実際に人工知能を業務に取り入れている小売企業を紹介していく。
ファミリーマート
先に紹介した無人店舗を実際に展開しているのが、ファミリーマートだ。ファミリーマートはTOUCH TO GOが開発した無人決済システムを導入し、無人店舗が人手不足の解消や店舗の運営コスト・オペレーション負荷の軽減につながる有効なソリューションと考えている。
具体的な仕組みとしては、天井に設置されたカメラと商品棚のセンサーが、入店したお客およびお客が手に取った商品をリアルタイムで認識。お客が商品のピックアップを終えて決済エリアに立つと、ディスプレイに購入商品と金額が表示され、決済を行う流れとなっている。
無人店舗を利用する際は事前登録が必須であるケースも多い中、本仕組みは登録や認証を必要とせず、誰でも入店可能。手軽に食品や日用品などを購入できるコンビニの強みを残しつつ、新たな購買体験を提供している。
トライアル
トライアルカンパニーは、AIカメラを活用した「24時間顔認証決済」をTRIAL GO日佐店に一般導入した。セルフレジ決済を可能とするシステムで、顔認証時に年齢確認が不要であるのが最大の特徴。
TRIAL GO日佐店では顔登録カメラを2台、顔認証カメラを8台導入し、18歳以上であれば店頭で登録することで誰でも利用可能。お客は夜間であっても酒類を購入可能である他、買い物時間を短縮できる利便性の高さも、実際の利用者からは高評価となっている。
カインズ
カインズは従業員に限定した実証実験という形で、レジに通らず買い物を行える店舗「CAINZ Mobile Store」をカインズ本社1階ロビーに設置した。
専用アプリのQRコードを入口ゲートにかざして入店でき、その後は米国のAiFi社が提供するAIシステムとコンピューターヴィジョンのアルゴリズムを基盤にしたテクノロジーで、店内の人々の行動をリアルタイムで追跡。どの商品が手に取られたか、棚に戻されたかを把握すると同時に、お客の入退店情報も記録する。
お客はレジ端末で支払い処理を行う必要がなく、退店すると、入店時に読み取らせたアプリで自動決済される。本仕組みにより、非接触・買い物時間の短縮・店舗側の省力化を実現した。
ベルク
ベルクはクラウド録画サービスシェアNo.1のセーフィー株式会社と共同で、エッジAIカメラ「Safie One」による店舗業務の実証実験を行った。
まず、お弁当エリアを俯瞰できる位置にAIカメラを設置し、お客の立ち寄りが一番高いエリアを可視化。各エリアにおけるお客の回遊の流れを把握することで、お客の購買行動に合わせた商品の配置、および旬の商品や売り切り商品の配置の決定に役立てている。
店舗入口の2ヵ所にもAIカメラを設置。ライン検知により取得できる滞在者数から、曜日・時間帯の傾向を把握し、レジ開放やシフトの最適化につなげた。
さらに、AIカメラで得られた4つのデータ(店前交通量、入店者数、滞留者数、購入者数)とPOSデータを連携することで、店舗の統合的な数値を可視化。販売強化につなげると同時に、フードロスの防止にも貢献していく。
東急ストア
東急ストアは、NECのクラウドサービス「NEC棚定点観測サービス」を店舗に導入した。本サービスはカメラ映像から、AIがリアルタイムに商品棚の在庫量を可視化。商品の補充や前出しが必要な棚を、従業員の専用モバイルアプリへ通知することも可能となっている。
小売店では、商品棚の状況を把握する「売場チェック」と商品を補充する「品出し」の作業が必須であるが、売場とバックヤードの行き来が従業員の大きな負担となっている。売場チェックの負担を軽減し、なおかつ労働力不足の解決にもつながる非常に有効なソリューションと言えるだろう。
紀ノ国屋
紀ノ国屋は「紀ノ国屋 渋谷スクランブルスクエア店」にて、日本酒を探せるソムリエAI「KAORIUM for Sake」の実証実験を行った。
自然言語処理により、人の感性と日本酒をマッチすることができるAIで、「癒されたい」「気合を入れたい」などその日のお客の気分と店頭の日本酒とのマッチ度を自動計算。利酒師やソムリエだけが可能であった「人間の感性にそった楽しいお酒選び」をAIが実現し、お客と相性の良い日本酒をレコメンドする。
その他、より具体性のあるニーズから日本酒を探すことも可能。例えば、「フルーティなお酒」というアバウトな表現ではなく、「白ぶどうとライチのような風味を持ったお酒」というお客の要求にも応えることができる。
ソムリエAIを導入した結果、日本酒販売数は導入前の前月比31%UP、日本酒売上は38%UP。さらに、ソムリエAIに表示される商品のみを対象とした効果は、日本酒販売数が55%UP、日本酒売上は56%UPを記録し、店舗の売上に大きく貢献した。
また、日本酒と相性の良いフードの売上も39%UP。高いペアリング効果も得られた結果となった。
バロー
バローは、ソフトバンクと一般財団法人日本気象協会が開発したAI需要予測サービス「サキミル」を導入した。
本サービスは、ソフトバンクの携帯電話基地局から得られる端末の位置情報を基にした人流統計データ、および日本気象協会が保有する気象データ、バロー各店舗の売上・来店客数などの各種データを、ソフトバンクと日本気象協会が共同開発したAIアルゴリズムで分析。高精度な来店客数の予測により、店舗側は商品の発注数や従業員の勤務シフトの調整が可能となる。
サービスの提供開始に先立ち、バローホールディングスのグループ会社である中部薬品の運営店舗で検証を行ったところ、来店客数の平均予測精度は93%と高水準を記録。管理者の業務負担を削減するとともに、余剰人員に伴うコストの増大も防止可能と言えるだろう。
ローソン
ローソンは食品ロスの削減に向けて、商品ごとに値引き推奨額を提示するAIシステムを導入した。従来から消費期限が短く、食品ロスの発生しやすい食品に関しては値引きが実施されていたが、値引き時間・値引き額・対象商品などは店舗ごとの判断で、経験に頼る部分が多かった。
そこで、本AIシステムでは店舗ごとの気候や販売データなどを基に、値引き推奨額を算出。加えて、店舗の販売力に応じた発注数の推奨を行うセミオート発注にも、AIの仕組みを採用している。値引き作業・発注業務の負担を軽減しつつ、食品ロス発生のリスクの低減を目指していく。
イトーヨーカドー
イトーヨーカ堂は、全国のイトーヨーカドーにAIを活用した商品発注システムを導入し、運用を開始した。価格・商品陳列のフェーシング数、気候・降水確率などの天候情報、曜日特性・客数といった情報を基に、AIが最適な販売予測数を分析。担当者はAIからの提案を踏まえて、発注の判断を行う。
2018年からAIシステムのテスト運用を実施していた店舗では、発注作業にかける時間を平均して約3割短縮できたことに加え、営業時間中に商品在庫が切れる機会損失の防止にも成功。発注業務の負担軽減、および適正在庫の維持にもつなげた。
小売業界のAI(人工知能)活用まとめ
小売業界に限った話ではないが、昨今の少子高齢化や社会情勢の影響などに伴う人手不足は、一種の社会問題となっている。人手不足を解消する手段の一つとして、検討したいのが人工知能を活用した新たな仕組み作り。
小売業界では先進企業を中心に人工知能の活用が進んでおり、業務を効率化・省力化し、恒常的な人手不足の解決につなげている企業も多い。もちろん、マーケティングにAIを活用して集客、売上の向上を図ることも可能。先進企業の取り組み事例も参考にしながら、人工知能の業務活用を検討してみてほしい。