ザ・トップマネジメント リクルートMUFGビジネス 夏目英治社長
2023.04.24
決済手段乱立の日本のキャッシュレスの中で「生活口座」を構築し、お金のやり取りのハブ目指す
リクルートと三菱UFJ銀行が共同出資する子会社のリクルートMUFGビジネスは決済ブランドの「COIN+(コインプラス)」と、そのコインプラスを組み込むデジタル口座管理、決済アプリの「エアウォレット」を手掛けている。同社の夏目英治社長に同事業が目指す姿と小売業界のキャッシュレスを含む決済手段の状況と今後について聞いた。
――コインプラス、エアウォレットはどのようなサービスか。
夏目 「コインプラス」は決済ブランドだが、もともとは決済をやりたいと思って事業を始めたわけではない。
私自身はリクルートからの出向になるが、もともとリクルートは求人から集客支援に事業を広げていた。
近年はさらに業務支援に拡大し、マーケティングに加え「本業でない実業のお手伝い」にまで展開している。例えば飲食店であれば、「食事を作ること」や「接客」が本業で、それ以外の予約の管理だとか、会計などはITでサポートできるのではないかと思い始めた。
「Airレジ」や「Airペイ」といった、企業の業務支援を行う「Air」を冠したサービス群を「Airビジネスツールズ」として展開している。
Airペイはコインプラスに限らず、各社の決済サービスの加盟店開拓や契約を手掛ける。その中で、飲食店などでクレジットカードでは通常5%、6%だった決済の手数料を、Airペイによって下げることができないかと考えた。それで実際に手数料を3%台に下げた形で、クレジットカードだったり、スマホのコード決済だったり、非接触型の電子マネーだったりといったものを提供しはじめている。
社会の流れもあって、Airペイについては多数の申し込みが来ている。いま、アカウント数は合計で30万軒を超えている。
――コインプラスはそこにどのようにかかわってくるのか。
夏目 リクルートがAirペイを展開する中で、政府がキャッシュレス比率を将来的には8割にしたいとしているが、そうなると仮に手数料が3%台だとしても事業者は果たして耐えられるだろうかという疑問が出てきた。
小売業は大手でも経常利益率が1%台といった状況もあると聞く。そうした中で、3%台の手数料がかかるキャッシュレス決済の割合が8割を占めるとなると、立ちいかなくなる事業者が多いと考えられるし、特に現金仕入れの業界はキャッシュフローが厳しくなるといったことになる。
そのように自分たちで事業をやりながら次の課題を見出し、「何とか手数料が低い決済手段を社会に提供していかないと、キャッシュレスは難しいのでは」となっていった。これが1つの大きいポイントだった。
一方で、消費者にとって使いやすいキャッシュレスになることもポイントとなった。
リクルートMUFGビジネスはリクルートと三菱UFJ銀行のジョイントベンチャーだが、もともと三菱UFJ銀行は窓口にかかるコスト、ATMの維持管理費などが大きく、キャッシュレスのさらなる推進が必要と思っていたようだ。
そういう中で、お店にとって何とか手数料の低い決済が提供できないかということと、一方で消費者にとって銀行の安心感を持ってデジタル財布、デジタルATMが提供できないかということも同時に考えた。「生活口座としてのキャッシュレス」という考え方はないのかと編み出したのが「コインプラス」という決済ブランドとなる。
コインプラスを組み込むデジタル口座管理・決済アプリの「エアウォレット」は、「財布に現金を入れるかのように、簡単に銀行からお金をコインプラスに移すことができ、かつ移しすぎたと思ったら銀行に無料で戻せる」というものだ。お金の入出金に加え、友だちへの送金、店頭でのバーコード決済なども同じアプリで行える。
日本では非接触型のフェリカの電子マネーがポピュラーだが、利用者に取材すると1回当たりのチャージ金額が2000円といったことが多い。こまめに店頭で少額の現金をチャージするのは、店舗にとっても利用者にとってもキャッシュレスとは言えないのではないか。
やはり、皆、現金から他のものに代えることに緊張感があると思う。「使えなくなるのではないか」といった不安もあるだろう。だから、コインプラスはいつでも戻せるようにして、「これまでの財布のように使える生活口座」のような存在を目指した。
マーケティングでも、集客手段でもない「難しくないキャッシュレス」
――日本でもキャッシュレスを進める動きは各所で起こっている。状況をどう見ているか。
夏目 クレジットカードは本当にすごく便利なものだと思うが、どちらかというとこれまで日本ではポイントや持っていること自体のステータスなどマーケティングの要素が強かった。その意味では、われわれは、マーケティング目的ではなく、とにかく水や電気のように、ただ支払う、お金をやり取りするという行為に絞って、安い手数料で世の中に出せないかという思いで事業を始めている。
他の事業会社とはだいぶやりたいことが違うのではないかと思う。ポイントサービスとは関係なく、おじいちゃん、おばあちゃんとか、あるいは街のラーメン屋さんなどが、「キャッシュレスは難しいんだよね」となったとき、役に立ちたいと思っている。
ここ3~5年ぐらいは、(顧客獲得のためのキャンペーンなどで)キャッシュレスが「集客手段」のような形でムーブメントになったような気がする。そもそも「支払い」という行為をしたい人はいないので、DX(デジタルトランスフォーメーション)の文脈では、むしろ支払いという行為は「表に出ない」ようになってくるはず。極端な言い方をすると、「支払いをしたい人」はいないのではないか。
例えば、飲食店の場合、「食事をしたい」「会話をしたい」といったことが目的で、どちらかというとあまりしたくない行為が支払いで、支払いを意識しないようになることが目指す世界であると思う。
最近、小売や飲食事業者は、顧客との接点を強化するためにユーザーに自社のアプリを積極的に展開している。アプリを活用した買い物の機会が増えていく、例えばポイントカードを提示したと同時に決済が終わるとか、BOPIS(Buy Online Pick-up In Store、ネットで購入し、店頭受け取り)、店内で決済まで終わらせて後日配送してもらう仕組み、スマホレジなどいろいろな形が出てくる中で、事業者のアプリの中で決済機能が必要になってくると思っていて、そこに対しての提供を始めているのが、われわれのビジネスの大きな特徴となる。
――22年2月から良品計画の自社アプリ「MUJI passport」がコインプラスを導入した。
夏目 良品計画はファーストパートナー。次いで、親会社であるリクルートのアプリに埋め込んだ。今後も導入先のアプリを模索している。決済に他社のアプリが使われると、店舗にとっては自分たちのアプリが提示されなくなる可能性がある。
これはリテールにとっても本意ではないだろうと思っていて、その問題を解決するために、リテールのアプリの中でシームレスに使える決済手段としてコインプラスを埋め込む取り組みをしている。
この取り組み自体は無償、決済手数料は大手・中小問わず一律の0.99%のモデルで提供しているので、安い決済機能が必要な企業、自分たちのアプリで全て完結したいという企業、特に生活に密着しているような事業者にできるだけ多く埋め込んでいただきたいと思っている。
コインプラスが埋め込まれたアプリをコインプラスが利用可能な別の店舗で使ってもらうことも可能。
――現在、日本では多様なキャッシュレスの決済手段が乱立しているように見える。その中でのコインプラス、エアウォレットの強み、差別化策は。
夏目 事業者視点で、加盟するという意味では、特に差別化をしなくても良いと思っている。手数料が安いので入れてもらえれば良いと考えている。
重要なことは自分たちのアプリに埋め込むかどうか。事業者が自社のアプリの中に決済手段を埋め込んでいるケースはそれほど多くはないと思うが、やらざるを得ない状況になっている。そのときにどの決済手段を埋め込むかという話になるが、そこで手数料が安いということと、本来自社のポイントを訴求したいところに決済手段自体が持つポイントが前面に立たないということが重要になる。
小売や飲食事業者からすると、まずはユーザーに自社のアプリを出してほしい。そのときに自社のアプリの中で完結しないとお店のレジがどんどん煩雑になっていってしまう。
一方で、ユーザーからすると決済のとき、お店のアプリを閉じたうえで決済アプリを別途立ち上げるのは大変だと思う。利用者への取材でもお店のアプリと決済アプリの両方を開く人はほぼいなかった。後ろで待っている人がいるとか、そういったことが目に付くのだろう。ワンアクションで決済できると、ユーザーも楽だし、お店のオペレーションもすっきりする。
いずれ、アプリの中で、オンラインで買物ができるようになった際も決済時に同じアプリをそのまま使ってもらえれば、事業者としても手数料が抑えられるし、ユーザーは楽、そういう構造を作りたいと思っている。
また、プラスチックのカードから続く自社専用の電子マネーは多いが、これについても結局、ユーザーからするとその企業でしか使えないお金はあまりうれしくはない。そうすると、他でも使えるお金をアプリに入れておく方が好ましく、ユーザーからすると安心して入金できる。
結局、いままでは自社専用にするためにポイントをたくさん付けるなど、インセンティブを付与してキャッシュレスを進めてきたが、結果としてすごくお金がかかっていた。
楽天、PayPayは競合ではない
――これまで都市銀行やゆうちょ銀行、地方銀行と広く連携を進めてきたが、2022年12月には初のインターネット銀行との取り組みとして楽天銀行との連携を開始した。楽天銀行と連携した狙いは。楽天グループは競合に見えるが。
夏目 楽天、あるいはPayPayについても、決して競合視しているわけではない。実際、彼らの経済圏においては彼らの決済手段で良いと思っている。
コインプラスにチャージしたお金は銀行に手数料無料で移すこともできる。メガバンクなどからコインプラスにチャージして、それを楽天銀行などネット銀行に手数料をかけずに移すこともできる。そのハブとして役に立てれば良いと思っている。
われわれはいま、接続できる銀行をだいぶ増やしている。地元の銀行の口座からそのままコインプラスに入金できるといった、「生活口座」になって行ければと思っている。
お客さまは、いろいろなところを使い分けている。例えば銀行間のお金のやり取りなどは面倒ではあるし、手数料がかかるケースも多い。その使い分けのときの「煩わしさ」をわれわれは解決したい。
だからそれぞれが必要な経済圏で、例えば楽天銀行にお金を入れ、楽天カードと併せて使ってもらっても良いし、今後、他の事業者とも同じような座組を敷いていきたいと思っている。
地銀や地元で強い流通事業者なども含めて何かできないかといったことを志向している。
――今後の事業のビジョンをどう描くか。
夏目 エアペイの加盟店は、どんどん増えていて、コインプラスを使えるお店、場所は自ずと広がっていくと思っている。加えてアプリに埋め込むパートナー企業については、生活に密着したスーパーマーケットやドラッグストアなどとパートナーシップを組みたいと思っている。
ただ、スーパーマーケットはキャッシュレスには一足飛びにはいかないだろうし、アプリの開発もそれほど進んでいない状況もある。それでも、何社か動き出しているので、事例となって広がっていけば良いと思っている。
本当は、キャッシュレスは人手不足の中、生産性が高まって良い話のはず。一方で、手数料が高いと、その負担が大きくなるという問題がある。店によっては手数料の負担が大きいために、現金のみに戻すところも出ている。これでは日本はキャッシュレスに逆行してしまう。これを何とか解消したいと思っている。
――今後、日本での決済環境はどうなっていくと考えているか。
夏目 現金はまだ残ると思う。「キャッシュレスは不安だ」という意見が多いが、セキュリティ面よりはむしろ「使いすぎ」に対する不安が多いようだ。スマホで表現できることはたくさんあると思うので、例えば、自分の収支と連携してみられるようになるとか、そうしたことがセットになっていかないとキャッシュレスが進まないのかなというところを気にしている。
お金の入りから出のところまで、分かりやすく、シームレスにすることが求められているのかなという気はする。
また、事業者と話していると、「自分たちだけがキャッシュレスにするだけでなく、回りも巻き込んでいかないと変わらない」という意見が出る。その意味では小売業界、飲食業界が皆で支える決済手段ができてくれば、世の中がさらに便利になると思う。