ザ・トップマネジメント 日本スーパーマーケット協会 岩崎高治会長
2024.01.05
2024.01.04
「業績堅調傾向続き、インフレ期待の一方で、深刻化する人手不足、物流問題、環境対応急ぐ」
――2023年の振り返りと24年の展望は。
岩崎 2023年は、原材料高やエネルギー価格の高騰、円安もあって輸入に頼るわが国経済は大きな影響を受けた。そのような中にあって、5月にコロナ感染症が5類に移行をした。その結果、行動制限もすべて解除されたということで、人の動きが非常に活発になった。加えてインバウンドも非常に増えているということがあって、国内の社会経済活動を正常化してきているかと。
いま、国内の小売りは総じて(業績が)良いだろうと捉えている。ちょっと特殊な事情があって、内的な要因で少し厳しい企業もあるが、一般的には良いのではないか。
行動制限も解除され、インバウンドが増えたというところでは、コンビニに恩恵はあるだろうし、国内の社会経済活動の正常化では、特に株高。証券会社の幹部の方とお会いしたが、23年の株高によって実現した利益はその1社だけで3兆~4兆円ぐらいだという。含み益ではなく実現した利益だけで3兆~4兆円。おそらく、証券会社全部合わせると10兆円を超える利益が消費者にあるということになる。相当程度、資産効果があって、その結果、百貨店の売上げが非常に良い状況だと思うし、ドラッグストアも引き続き良い。
われわれスーパーマーケットも売上げは順調に推移しているかなと思う。
電気料金、物流コストの上昇があるが、実際、電気料金はこの下期以降は前年に比べると下がっているというのが実態。コロナ前と比べると50%ぐらい上がっているが、前年からは下がっている。
物流コストについては引き続き上昇している。人手不足、人件費の高騰は続いているため、経営の舵取りが難しくなっている。やはり実質賃金が伸びて可処分の所得が増加するという善循環が大切だと思う。その意味では春闘については大幅な賃上げを発表する企業もあるなど、相当程度賃上げはあるのではないかと思う。
非常に複雑な「年収の壁」問題への着手
岩崎 23年6月に日本スーパーマーケット協会の会長に就任したが、その際、定款をもう一回読み直した。それで、「スーパーマーケットの健全な発展」、それから「わが国の食料品流通機構の近代化・合理化」の推進、さらに「ライフラインとしての食品の安定供給」という当協会設立の原点に立ち返ると申し上げた。
また、各加盟社にアンケートを取らせていただき、困っていること、あるいは協会として取り組むべき課題について聞いた他、人手不足、2024年の物流問題、環境問題について協会として考えていることを伝え、それについてもご意見をいただいた。
いろんなご意見があったが、大きな方向性としては前述の3つ、人手不足、物流問題、環境問題について取り組むということで、皆さんに合意をいただいたので、会長就任以降、この3つについて取り組んでいる。
一番大きいのはやはり「人手不足」で、個人消費、トップラインは伸びているけれども、コストの方が上がっているということ、それから、何よりも人手が足りないということなので、これについては大きく2つ取り組んでいる。
1つは外国人の在留資格。「特定技能」のスーパーマーケット分野への追加認定。これは日本スーパーマーケット協会だけでなく、全国スーパーマーケット協会、オール日本スーパーマーケット協会、チェーンストア協会も一緒になって、スーパーマーケット分野に特定技能を追加認定するという動きを、4団体が足並みをそろえて、政府にお願いをしている状況だ。
もう1つは、就労制限につながる「年収の壁」について。これは相当発信を強めて言っている、政府から「時給を上げろ、賃金を上げろ」という要請があるが、言われなくても上げているわけで、過去10年で時給は20%ぐらい上がっている。
ところがパートタイマーさんの手取り、年収は全く変わっていないというのが実態で、それはなぜかというと、その分、働く時間を減らしているということになる。これが「給料を上げろ、賃金を上げろ」と言えば言うほど、現場の労働時間、労働不足が高まってしまう。
「これを何とかしてほしい」ということで、年収の壁について切り込んでほしいということにしたわけだが、その意味では厚生労働省から、今回、「年収の壁・支援強化パッケージ」が出たということは一歩前進。問題を取り上げてくれて、国が動いたということでは非常にありがたいという意味で評価をしているが、中身については不十分と考える。
もともと非常に複雑な税と社会保障と企業の手当てという3つの軸があり、さらにそれが何度も変わっていて、非常に難しい。もともと難しいところに今回のパッケージが出てきたということで、相当程度正しく基礎知識があって、理解をしていないと使いづらい仕組みになっている。
とは言いながらも、せっかく作ってもらったものなので、ライフコーポレーションとしてお話しすると、年明け以降、できるだけこれを活用するというような方向で進めるし、また、使ってみて難しい点、改善が必要な点については、これは1社だけでなく、加盟企業の皆さんの意見を聞きながら、政府に対して修正すべきことについては修正してほしいというような声を上げていきたいと思っている。
第2の「2024年の物流問題」については、23年、「物流の適正化・生産性向上に向けた自主行動計画」をスーパーマーケットの3団体で一緒になって所轄官庁の経済産業省に提出をした。加えて日本スーパーマーケット協会の加盟企業10社でいろいろなルール作り、お取引先、メーカーさんと協力をすることによって、サプライチェーンの効率に取り組んでいきたい。これはまさに日本スーパーマーケット協会の立ち上げの定款に掲げている目的に合致することだと思う。
最後の3点目は「環境問題」。これは競争領域ではなく、協調すべきところ。先日、11月に日本スーパーマーケット協会の会合が近畿圏で1泊2日で行われたが、その後、ライフの「新天保山低温センター」(大阪市南区)に設置したバイオバスの発電の装置を皆さん見ていただいた。包み隠さず全て、数字も含めて見ていただいて、水平展開できるものについては水平に展開していただくということ、あるいは逆にライフコーポレーションとしても加盟企業から勉強させていただくものについては勉強させていただくというようなスタンスで現在取り組んでいる。
まずは小売業自身が効率化を図ることから
――人手不足が深刻化する。外国人労働者の特定技能がスーパーマーケットの場合、製造部門以外ではいまのところ難しいわけだが、どのように対応していくのかが大きな問題になっている。
岩崎 ただ、人手不足が顕著になってますますこれから進むということだが、まず、最初にやらなければいけないのは小売業自身、スーパーマーケット自身、各個社が効率化を図るということだと思う。人手不足だからということで、例えば外国人の特定技能についてスーパーマーケットとして認定してほしいという話をすると、まず真っ先に言われるのは、「やることはやってから言いなさい」ということになる。
だからこそ、例えばライフコーポレーションであれば電子棚札を全店に入れるだとか、自動発注を入れるだとか、ここ数年でも150億円ぐらいシステム化に投資をしている。システムでできるものについてはシステムでやる。あるいは多能工化。1人の人の能力を上げて、いままでの能力以上に職域を広げてやってもらう。こうしたものを通じて、まず生産性を高めていくという努力がないと何を言っても説得力がない。これは各社が業界を上げて、協会を上げてやっていく必要があると思う。
その上で、外国人の特定技能については、「飲食料品製造業」ということでいまはプロセスセンターだけ認められているということだが、何とかこれを店舗でも外国人の特定技能の方々が活躍できるように、4団体でいま農林水産省に働きかけている。何かしら良い方向に動くのではないのかなと思っている。
――一方の「年収の壁」については、ライフコーポレーションとしては「年収の壁・支援強化パッケージ」をどのように活用していくか。
岩崎 確かに使いづらいものではある。まず、理解が非常に難しい。そもそもの制度の理解をした上で、今回のパッケージについて、どう使うかということを説明しなければいけない。
不公平も少なからず起こり得る可能性があるので、ライフコーポレーションとしては拙速にやらず、多分、2月になってしまうと思うが、時間をかけて、まずこの制度についてしっかりと理解をし、パートタイマーさんに正しく説明できるように店長が理解をする。その上でしっかりと説明するということが大事かなと思う。
内容については幾つかのコースがあるが、ライフコーポレーションで考えているのは、「労働時間延長メニュー」を使う。例えば週18時間働いている人は社会保険の加入要件を満たしていないが、こうした方々に週22時間とか24時間という形で労働時間を増やしていただき、社会保険に加入していただく。その分、ライフコーポレーションのように「大企業」カテゴリーの企業の場合、国から22万5千円(「中小企業」は30万円)の補助があるため、それを何らかの形でパートタイマーさんにお返しするというようなことをいま考えている。
ただ、これは正しく伝えないと不公平感などの問題になるので、慎重を期して年明けに説明をしていこうと思っている。
実は日本スーパーマーケット協会が23年の春先に加盟企業にお願いをして、「年収の壁」の実態アンケートをした。10万人程度のパートタイマーさんにお願いして、回答が3万人強あったが、その結果、年収調整をしているパートタイマーさんが半分ぐらいいて、特に配偶者ありのご結婚されている方の6割が年収調整をされていた。
それで、その方々に「何万円に年収調整をしているか」というアンケートを取ったら、100万円まで、ないしは103万円までと答えた方が合計8割いた。100万円は住民税が課税されるバー、103万円というのは所得税が課税されるバーで、106万円(正確には月額8万8000円)が社会保険の適用のバーだが、今回出たパッケージは厚生労働省から出たもので、この社会保険の部分を手当てしてくれたわけだ。ところが、実際には8割の方は税金を気にしている。100万円、ないし103万円を気にして、そこまでに抑えることをされている。
社会保険を見直すのと同時に、この税金の100万円と103万円の壁ということについても見直しをしないと、おそらくうまくいかないと考えている。
これは厚生労働省の問題だけではなく、財務省も併せて、また、厚生労働省管轄の各企業の配偶者手当もいまだに103万円がトリガーになっていることもあるので、縦割りではなく、トータルで年収の壁について考える取り組みをしてもらうように、引き続き働きかけていきたいと思う。
ようやくインフレへの転換期待、売上げは悲観していない
――現状、値上げの影響もあって1点単価が上がる傾向にあるが、一方で客数と買上点数が減少傾向にある。人口が減り、高齢化する中、既存店の成長に関してどこを重視しているか。
岩崎 まず、小売業の全体感は良い、悪くない。お客さまの数についても、ライフコーポレーションでは23年の上期は既存店(前年比)で100%を切っていた。ただ、既存店の売上げは(前年比)100%を超えていた。なぜならば1点単価が上がっていたから。
それが7月、8月くらいからお客さまの数についても(前年比)100%を超え始めてきた。自分の知る限りでも、多くの企業で既存店の客数が(前年比)100%を超え始めている。(既存店売上高は)既存店の客数×1点単価×買上点数だが、(既存店客数は前年比を超え、)1点単価も5%~6%くらい上がっている。ライフコーポレーションは買上点数が(前年比)100%を切っているが、各社の販促施策によっては、これが100%を超えている企業があるということ。それがいまの現状で、決して悪くないのではないかと思う。
24年以降はどうなるかということだが、少なくとも年明けの2月くらいまでというのは、このトレンドは続くだろうと思うし、おそらくそれ以降も、サプライサイドでの供給の制約があっての原材料の値上げに起因する値上げは、いままでほどではなくなってくると思う。
人件費を起因とした物流費も含めた値上げは今後ともあるとは思うが、日本全体がデフレのマインドからようやくインフレに移ってきているので、1点単価の上昇は、ペースこそ下がるものの、まだあると思っている。
――客数も買上点数も、やりようによってはまだ伸ばせる環境にあると。
岩崎 そうだ。買上点数問題、客数問題は、多分に販促施策によるので、どうにでもできる。各社の方針によるため、結局トータルとして売上げがどうで、残った利益がどうかというところが大事だと思う。
――23年は小売業にとって環境が追い風ということだが、24年の消費動向、消費環境をどう見ているか。
岩崎 先ほどお話したように、少なくとも年明け2月、あるいは3月ぐらいまではいまのトレンドが進むだろう、続くだろうと思っている。24年度については、もちろんこれは読めないが、企業業績は悪くない。過去最高益を達成している企業が23年度も出ているし、それよりも24年度はさらに上積みできるというような見通しも出ていることからすると、企業の業績は良いと。
株価についてもいろいろな予想があるが、(日経平均株価で)3万5000円とか3万6000円といった見通しもあるので、資産効果についても期待できるかなと。
そこから考えるに、賃上げについても、実質賃金の上昇が物価の上昇を上回るというようなことも期待できるのではないか。何よりも長年続いたデフレのスパイラルから、ようやくインフレという正常なものに戻ってきているということなので、中国や中東情勢などで特別なことがあれば別だが、そうでない限りにおいては相当程度、いまのトレンドが続くのではないかと思う。
そう考えるとトップライン、売上げについてはそんなに悲観しなくても良いのではないかと自分は考えている。