ザ・トップマネジメント 西友 大久保恒夫社長
2024.05.23
本州500km圏内集約の一方でM&A積極化で規模拡大図る、目指すのは店とネットを合わせた、「お客さまの満足」という価値を創造する店
――北海道と九州の店舗事業を譲渡する。背景は。
大久保 まず、西友は「総合量販店」ではもうなくて、食品スーパーになっている点がある。売上高構成比では、アパレルやGM(ゼネラルマーチャンダイズ)は5%以下になっている。完全に食品スーパーになっている。
日本は地域の食文化が非常に発達しているため、その地域、地域のお客さまの食文化、ニーズに対応することが重要だろうと思っている。これが一番大きい。
加えて、食品は単価が200円ぐらいで粗利益率も低い。物流コスト負担が結構大きい。それを全国に運んでいると、非常に効率が悪いということがある。
西友は全国にある。もちろん、全国とはいえ地域ごとには集約はしているが、その地域自体が遠いところにあるので、食品スーパーにとって物流効率が悪い面がある。
食品スーパーの特性と物流効率などを考えると、北海道、九州については地元の大手企業に譲渡する方が良いのではないか。それで西友は、本州に集中していくことが、大きく飛躍するためには良いのではないかと思った。
もう1つ。西友は経営改革を進めている。2025年までの中期経営計画の下、経営改革を実行しているが、それをほぼ達成できているため、次のステージに入って、さらに大きく飛躍を目指すときではないかと思っている。
「業績が悪いのではないか」という人がまだいるのだが、実際には業界トップレベルの営業利益になっている。
そういう意味では経営改革は非常に成功している。それで次のステージに入っていくべきだということだ。(店舗事業譲渡によって)一旦、縮むことにはなるが、本州に集中して効率を上げて、さらに営業利益を高め、その営業利益を前向きな投資に回して、さらに大きく発展していこうと。そのために、今回の譲渡を行った。
――以前は、北海道は札幌に、九州は福岡に比較的店舗が集中しているため、効率は悪くないという話もあったが。
大久保 地域ごとに集中しているのは良いが、ただ、例えば、(プライベートブランド〈PB〉商品の)「みなさまのお墨付き(MO)」などは東京から持って行っている。その意味では効率は悪い。
また、地域の食文化という意味では、福岡の店などで「九州食品コーナー」のような売場を設けて「地域のニーズに対応しています」といっているが、これにはちょっと違和感がある。本当は全部「九州」であるべきであって、あえてコーナーで展開する必要はないはず。
地元の企業では当然、そんなことはない。九州コーナーを作っている食品スーパーは西友だけ。本来の姿とはちょっと違うかなという違和感があった。
――北海道、九州の店は、利益は出ているのか。
大久保 もちろん、儲かっている。
――それでは、譲渡された企業としてはありがたいことだ。
大久保 それはいまの西友の商売を始めてから利益を出せる体質に変革してきたからであって、譲渡後は、またそれぞれの方針や強みを生かして地域のお客さまにさらに支持される形になってほしいと思う。
――本州に集中とはいえ、マーケットの厚い首都圏や近畿圏、中京圏からやや外れた長野などの店舗もあるが。
大久保 「儲かってないのでは」とよく言われるが、全然違う。首都圏だけが儲かっていて、地方は赤字というイメージを持たれがちで、私も以前はそう思っていたが、実際には儲かっている。
昔、もっと(企業規模が)大きく、店舗数が多かったが、(不採算店などの店舗閉鎖を経て)残っているのは、儲けを出せる店ばかり。これから何が起こったとしても、業績が悪いからとか、利益が出てないから、その地域とかその店舗を分割することはない。まんべんなく儲かっている。
規模拡大を目指し、M&Aは積極的に仕掛ける
――いずれにしても本州に集中ということは、日本ではスーパーマーケットのナショナルチェーン化は難しいと考えるか。
大久保 (譲渡によって、規模が)小さくなって「規模のメリットがなくなるのではないか」と言えば、それはそう。特に商品開発とシステム開発は、いま非常に重要になってきていて、それは規模のメリットの影響が大きい。
だから規模が大きい方が良いことは確か。そうなると、やはり展開地域は広く持った方が規模を大きくしやすい。それでは、「全国チェーンはどうなのか」といえば、やはり、その地域の食文化というのはあるのは確かで、それに対応しなければいけないし、物流コストの負担も大きい。
結果として、スケールメリットがある商品開発とシステム開発のメリットとのバランスをどう取るのかという問題になる。いろいろなやり方があると思う。単体として展開するやり方もあれば、地域のリージョナルチェーンが幾つか連携して商品開発する、システムを共通化するといったやり方はあり得ると思う。
だから、一般論として、そういうやり方(連携)がうまくできれば、全国規模である程度、緩やかな連合体があってもおかしくない。
――西友の将来戦略にはそういう姿もあるのか。
大久保 西友は今後、本州に集中して拡大していく。
――店舗事業譲渡の一方で、M&A(合併・買収)にも言及している。
大久保 M&Aはかなり積極的にやろうとしている。規模は拡大したいので、M&Aは成功させたいと思っている。
――それは経営が厳しくなった企業であっても、か。
大久保 西友は経営改革をしたら儲かる会社になった。いま厳しい会社があったとしても、西友の経営改革の手法で儲かる会社になることが可能と思っている。
それだけの力が西友にはあると思っているので、業績が苦しい、あるいは普通だったとしても将来が厳しいかなという企業があれば、「ぜひ、ごいっしょに利益の出る小売業にしていきませんか」という話をしていきたいと思っている。
それは西友にとってもメリットが大きい。そこに西友の開発した商品を供給することで仕入力は強化される、情報システムも効率化される。情報システムは、これからものすごく投資が大きくなるので、分母が大きくなければやはり効率化できないと思っている。
――事業を売却した資金をM&Aにあてると。
大久保 資金面では、今後も必要な投資をしていく。
――ターゲットエリアは。
大久保 (配送の)トラックが1日で帰って来られる範囲が500kmぐらい。北海道と九州は届かない。ちょうど首都圏のセンターから持っていける範囲でいうと仙台、長野、大阪ぐらいまでになる。いまその地域に集中しているので、その範囲内であれば物流の効率化はできるかなと。
――その中に候補があれば積極的に買収していこうと。
大久保 M&Aだけでなく、提携など緩やかな連合も可能ではないか。買収を嫌がる企業も多いし、独自性、歴史などを大事にしたい企業は多分あると思うので、それを尊重しながら、一方で「スケールメリットを生かしていきませんか」というような話をしたいと思っている。
――2025年に店舗とネットの売上げで9000億円規模を目指すとしていたが。
大久保 いったん(規模が)縮んだので白紙だ。そのため、現在のところ具体的な想定はないが、前よりも大きくしたいと考えている。
「変動費商売」の小売業は、まずは「質」を高める
――2025年に目指す「食品スーパーナンバーワン」の意味は。
大久保 「お客さまに満足していただくという価値を創造して、営業利益を高めていきましょう」。その意味でのナンバーワン。これは達成できていると思っている(※2023年度、連結営業利益315億円)。
「お客さまの満足」という価値を創造するには、商品力と販売力の強化の2本柱が重要で、その柱をしっかり立てるために、情報システムと教育という基盤強化が必要だと考えている。
ネットスーパーでも、営業利益はナンバーワンだと思う。それもかなりフルロード(満載)の形で家賃や本部費を負担している中での数値だ。
まず、「質を高める」。「質が高まれば結果として量は大きくなる」というのは、鈴木(敏文)さん(セブン&アイ・ホールディングス元会長)、伊藤(雅俊)さん(セブン&ホールディングス名誉会長)に教えられた(※大久保社長はイトーヨーカ堂出身)。
無理やり大きくせず、まずは質を上げる、ちゃんと利益を出すと。利益がしっかり上がれば、結果として大きくなれるという考え方でずっと教え込まれているので、西友もいま利益が非常に高い。それで、これから量も大きくしていくということだ。
――規模から入る企業もある。
大久保 むしろ、それが多い。話せば長くなるが、小売業は「変動費商売」なので、売上げが上がったからといっても、そんなに利益が出ない。儲からない会社は、どんなに大きくなってもずっと儲からないまま。規模が大きくなったら、どんどん効率が良くなるということはほとんどない。
儲かる会社は小さいときから儲かっている。それで、大きくなってもずっと儲かり続ける。小さいときから儲からない限り、小売業は大きくなれない。
原価率が75%ほどと、多くを仕入原価が占める。これは変動費。それから人件費の半分以上が変動費。私は、「小売業は固定費が13%ぐらい」とずっと前から思っている。13%しかないから、売上げが上がっても固定費率が落ちない。一方で(売上げが増えると)変動費がどんどん上がっていくので儲からない。
分かりやすく言うと、最大の変動費である仕入原価が上がると、荒利益率が下がり(低価格にして)、売上げが上がっても、利益が出なくなるのが小売業界。こういうことをやっている以上は儲からないわけだ。私は、こうしたやり方がおかしいと思っている。「変動費商売」ということが分かっていない。
メーカーは、「固定費商売」なので、売上げが上がれば急激に儲かる。大体業界のトップレベルの売上げの企業が、営業利益率も一番高いというのが普通。小売業はそんなことはなくて、小さいけれど儲かっている会社が結構あるのが小売業だ。
――店舗の業態については。
大久保 「総合量販店」は歴史的使命を終えていると考えている。やはり、常に改革、革新が必要だ。西友には大型店もあるが、テナントを入れて食品スーパーしかやっていない店がほとんど。ここまで来るのにも相当苦労した。そう簡単ではなかった。(以前の親会社の)ウォルマートはものすごく苦労したと思う。ウォルマートが食品スーパーへの変革に道筋を付けてくれた点は非常に良かった。
――出店は。
大久保 出店は強化する。ただ、競合他社もみんなそうだと思うが、いまは新店を出しても不振店が多い。だから、むしろM&Aをやった方がスピードも上がるし、投資効率は良いというのが私の考え方。むしろ業績がちょっと思わしくない会社を買って、立て直した方が、はるかに投資効率は良いと思う。
――なるほど。買収は企業文化の違いなど難しい部分も多いことから、成長戦略としては、むしろ「自前で出店をした方が楽だ」という考え方もあるが。
大久保 それは昔の話。いまは「商品力」と「システム力」の勝負になってきているので、規模をM&Aで大きくするメリットが非常に大きくなってきていると思う。
システム刷新ではウォルマートと楽天に助けられた
――基幹システムについて、3年間でウォルマートのシステムを入れ替えた。
大久保 「そんなことは誰もできない」「絶対できない」「大失敗する」と最初から言われた。
ウォルマートとは(株式の売却に際して)3年で全部切り替える契約だったが、当初、「かなり難しい」と思った。店が300店もあって、センターが12カ所もある大きな会社のシステムだ。
「誰が考えたってできないだろう」と思ったが、実際、さまざまなIT企業に相談に行っても、「できません」と言われた。しかし、そこは楽天がかなり動いてくれた。楽天がなかったらこのシステム切り替えは不可能だった。楽天のシステム力や業界での影響力は素晴らしいと思った。
もちろん、ウォルマートにもシステムのカーブアウト(切り離し)に際して、非常にサポートをしてもらった。本当に「そこまでしてくれるのか」というぐらいサポートしていただいたので、結果大成功した。100人レベルで、西友のためにものすごく働いてくれた。
財務基幹、MD(マーチャンダイジング)基幹、物流基幹という3つの基幹システムを1年や2年で全部取り換えるなど本来、考えられないことだが、その「考えられないこと」をやったわけだ。
もともと「3年でやる」という約束で、やらないと本当に何百億円のお金がかかることになってしまう(ウォルマートへの使用料の支払い)。それだと西友が生き残れなくなってしまうので、やるしかなかった。
だから、「ベータ版(試用版)で良いから動かせ」と言った。「バグ(不具合)があるのは当たり前。とにかく動かせ」「何としてでも動かすんだ」と。
システムの切り替えをビジネスの最優先事項として、全社に徹底し、そのためには「品揃えは変えるな」「価格は変えるな」「システムに負担がかかるようなことは一切やめろ」と経営から明確に方向性を出して実行した。
――その意味ではMDなども、この期間は本来やりたいことができていなかった。
大久保 システムを動かすことを最優先にしたので、それ以外は優先度を下げた。しかし、全社で方針を理解して、切替時の大小さまざまな問題に対して、現場の努力はすごかった。この会社には、リカバリー力はすごくある。根性もすごくあると感じた。
入れ替えは去年の12月に終わったが、とにかく最低限で良いから動かすこと、回すことを優先した。だから、いま動いているし、ちゃんと回っているが、これはスタートだと思っている。
これからはシステムが小売業にとって重要になる。私は、小売業はマーケティング業になるべきで、それもデータを活用したデジタルマーケティング業であって、販売業ではもう儲からないと言っている。
さらに最近言っているのは、AI(人工知能)活用の時代になったので、AIマーケティングで業界のトップを走るべきだと思っている。
――なるほど。デジタルマーケティングの進ちょくは。
大久保 いま、始まったばかり。
――デジタルマーケティングにおいて、お客との関係はどのような姿になるのが理想か。
大久保 マーケティングというと、(フィリップ・)コトラーの「マーケティングの4P」がある。品揃え商品(Products)、価格(Prices)、売場(Place)、それからプロモーション(Promotion)だが、それらについて、データを使って適正化する。
いままでの品揃えや価格設定、あるいは定番売場も特売売場のつくり方や、プロモーションでもむだに安売りしてチラシを打っていて、それらが効果が出ていないといったことなどが、データを見ると明らかに分かってくる。
いま、さまざまなことをすごく変えている。まず、商品開発力、販売力を強化した。その上でチラシもやめたし、定番売場もすごく変わってきている。定番売場の適正化ということで、やはりデータを相当活用しているし、プロモーションも大きくいま変えているが、これにもかなりデータを活用している。
こうしたことをいまやり始めていて、その成果が大きく出ているということが業績にもつながっていると思っている。
店とネットは異なるもの、価格も買えるべき
――データはどのように活用しているのか。
大久保 定番売場の品揃えとしては、どの商品を、幾らで、何フェース配分し、どの位置で売るのか。これが定番の棚割り。エンドと平台は定番ではないということで、特売売場になる。特売も集客を維持するために価格対応した特売もあれば、お客さまに高品質な商品をアピールして良い商品を買ってもらうという特売もある。
これをどう組み合わせていくのかということだと思っている。それについて、データがだいぶ使われるようになってきた。
もう1つ、ネットスーパーがある。ネットは全部データが取れる。お客さまがネットに入ってきて、どのページを見て、何をしたのかという購買行動が全部分かる。それから購買履歴が取れるので、いままでこれを買っていた人が、これを買うようになったといったデータが取れる。
ネットにはビッグデータがあるので、それを分析することをいまやっている。それを適正化したので、西友のネットスーパーはものすごく利益が出ている。
これは重要なことだが、私は、ネットスーパーは「コンビニ以上にコンビニエンスなストア」だと思っている。コンビニニーズに対応するわけで、あくまで「ネットは便利だから買う」わけだ。日本のコンビニエンスストアがディスカウントしているのかといえば、していない。コンビニニーズだから、価格が高くてもお客さまは満足して買っているということだ。
ネットスーパーは、コンビニよりもさらにコンビニニーズだと思う。コンビニは(店に)買いに行かなければいけないが、ネットスーパーは持ってきてくれる。コンビニよりも便利なサービスだ。
受益者負担というコンビニの考え方を、ネットスーパーにも入れていくべきだというのが私の考え方。西友のネットスーパーは、その“超”コンビニニーズに対応しているので、利益が出ている。しかも、リアル(店)よりもネットの方が儲かる方向性が、だいぶ見えてきている。
――その意味では、商品の価格はリアルとネットでは変えた方が良いと。
大久保 変えた方が良いだろう。店とネットとは価格をいっしょにする必要は全くない。違うものだからだ。もちろん、ネットで安くするものもあれば、高くしたってよいものもたくさんある。ネットのニーズに合わせて「商品開発」をしなければいけない。
だから、店があって、「ネットの注文を受けたら、お持ちします」というのがネットスーパーだと思ったら大間違い。ネットスーパーのニーズとして、「どういうニーズで」「何を買うのか」を考えて、ネットスーパーという「業態」を発達、発展させていかないと絶対に大きくならない。
私は西友がネットスーパーに関しては業界でトップだと思っているので、西友が業界を育てていくことが重要だと思う。
日本のコンビニがこれだけうまくいったのは、やはりセブン-イレブンが安売りをしなかったから。コンビニニーズに対応して商品開発を強化したからであって、さらに、そのために情報システムにすごい投資をしたからだ。
だから、この間、安売り合戦をしていたらコンビニは日本では定着しなかった。アメリカは安売りをしてしまったので、業態としてあまり発展しなかった。やはり、安売りをしなかったことが、業態を発展させていった要素だったと思う。
日本のネットスーパーも、西友がコンビニニーズに対応して儲かるようにしていって業界を大きく発展させていきたい。しかも、西友はすでにだいぶできてきていると思っている。
――楽天と共同出資で運営していた倉庫型ネットスーパーが楽天の完全子会社になり、西友は実店舗を起点とする店舗出荷型ネットスーパーのみを手掛ける態勢に変えると発表している。倉庫型ネットスーパーを分離した狙いは。
大久保 倉庫型のビジネスは、膨大な先行投資と長期的にそれを回収していくビジネスであり、それは、食品スーパーの投資力と期間設定とは異なるものであることが大きい。
――特に需要の多い首都圏では、店舗だけでなくセンター(倉庫)を設置することも方策として考えられるが。
大久保 アメリカでもヨーロッパでもそうだが、食品スーパーの商品を倉庫から出して(販売して)儲かるのは難しい。
――英国のオカドはどうか。
大久保 オカドは食品スーパーではない(総合小売業)。ウォルマートも食品スーパーではないから、センター出荷型でも成り立っている。
200円の商品を粗利益率25%で販売することを、センター出荷型で運営して儲かるにはまだ何年もかかると思う。将来的には良いかもしれない。稼働率が上がれば、あるいはシステム機器が安くなれば良いかもしれないが、いまの段階で先行投資になってしまう。
先行投資が膨大な事業は、食品スーパーには耐えられない。食品スーパーの経営と異質なものになってしまうので切り離した。
目指すのは、あくまでロイヤルカスタマーの育成
――楽天は所有していた西友株式の20%を売却した。資本関係はなくなったが、協業関係に変わりはないか。
大久保 協業関係に変わりはない。今後のデータを活用したデジタルマーケティング業化において、楽天経済圏・ポイントプログラムを中心とした協業は非常に重要だ。楽天には(システム刷新の際に)本当に助けていただいたし、これから、まだまだ楽天とはいっしょにやっていきたい思っている。
――チラシをやめて、販促としては「楽天」1本になったような印象を受ける。
大久保 そんなことはない。ポイントは楽天ポイントだが、全然、そんなことはない。ポイント販促は「価格販促」に近い。西友はあまり価格販促はやらない。西友は(ポイントの倍率アップは)土曜日しかやってないし、ポイント合戦をしているわけではないと思う。
――1億を超えるIDを持つ楽天IDを集客に生かす考えは。
大久保 集客以上にデジタルマーケティング業化へのレバレッジが大きいと考えている。
――チラシをやめるというのは、小売業にとってはインパクトがあると思うが。
大久保 私がいままで経営してきた会社はチラシをやめているので普通だと思う。チラシをやめると大きく利益が出る。
――客数は減らないのか。
大久保 当然、減る。でも、チラシをやったときの集客は減るが、平日は上がってくる。ロイヤルカスタマーで(店舗)近くの人はチラシがなくても(店舗に)来る。チラシがあるからチラシのときに来る、チラシがあるときに来るから、チラシがないときには来ない、これではあまり意味がない。
――1億以上のIDということで日本人の多くを網羅しているから、チラシをまかなくても集客が図れるということだと思ったが。
大久保 ほとんどない。西友の近くに住んでいて、楽天IDを持った会員がいる、ということで、いままで(西友に)来なかった人に対して楽天IDを通じてプロモーションをして、西友にどんどん来るようになるのかというと、あまりない。
もちろん、可能性はあるので、これから楽天ID活用してデジタルマーケティングで集客を強化していく方法を見つけていきたいが、西友に来るお客さまがいるので、そのお客さまにいかにもっと来てもらうのかを考えるのが当然、メインになる。
――それでは、いまのお客の来店頻度や購買単価を上げていくことが戦略の方向性となるか。
大久保 ロイヤルカスタマーをどう増やすのか、となる。いままで西友に来ていない人は来ていない理由がある。楽天経済圏ということで、楽天からメールを出せばその人が西友に来るようなロイヤルカスタマーになるのかといえば、そう簡単にはならない。
ポイントを付けるということで、たまたますごいポイントが付けば来る。でも、ポイントがなかったら、クーポンがなかったらその人は来ない。私のイメージでは(新規顧客獲得のためのポイント販促は)ほとんど意味がない。むだ打ちしているだけ。もともと来ない人は来ないわけだ。
私は、ディスカウント合戦はやめた方が良いと思っている。「西友が好きだから」とか、「西友の商品が良いから」ということで、特別な販促をしなくても来るお客さまをどれだけ増やすのか、もっと来てもらうのかという方をメインに変えている。
その結果、利益が出るようになってきているということなので、むだな販促をやめるという方向でやっているだけだ。楽天のポイントを販促のために拡大しようという方向性ではない。
――データ活用については楽天とはどのような取り組みをしているのか。
大久保 楽天経済圏の中にいるので、当然、プライバシーの問題があって名前などは消されるが、どういう人が何を買ったのかといったことは、IDで統合されていてデータはある。
できる範囲でデータはもらえる、あるいは分析してもらったものを使わせてもらうという形で使うことができる。
――どのようなデータか。
大久保 西友で買ったデータはもともと分かる。楽天は、(楽天経済圏の中で)西友でないところで買われたデータをお持ちだ。もう1つは、レシートの写真を撮って送信する「Rakuten Pasha」という形で、楽天ポイントと関係ないデータも彼らは取っている。そのIDにひも付いた「楽天DNA」という膨大なデータがあるので、それも使える。
――属性はどこまで取っているか。
大久保 西友側で取っているものはある程度にとどまる。年齢と男女(の別)は取っている。楽天には当然、決済データもあるので住所などいろいろな属性データを持っているが、それらについては「分析してください」と言えば分析してもらえるが、属性データは西友のデータにはならない。
それでも、例えば郵便番号データはもらえている。ただ、それだとちょっと広い。「個人が特定できない町丁目まではもらえるか」といった話をしている。そうなると、かなり細かく、どこの地域の人がどのくらい来ているのか、何を買っているのかということが分かってくるようになる。その意味では、お客さまのニーズというか、購買行動が手に取るように分かるようにはなってきている。
――それは新しいシステムには関係があるか。
大久保 現段階では、新しいシステムはまだ必要最低限のシステムで回しているので、これから付け加えていこうとしている。
――4月3日から高購買頻度の約300アイテムの値下げを含む「しあわせ価格」と題したアイテム入れ替え制の期間限定特価を始めた。狙いは。
大久保 来店頻度を上げたいと思っていて、「よく買う商品がいつも安い、だから西友に行こう」ということを、これから増やした方が良いのではないかということで始めた。
「価格」「対象商品」について、お客さまのニーズを把握するために導入前実験を行い、データを分析して、その結果に基づいて全面導入した、「やはり西友に来た方がいいよね」「西友にまた来よう」というお客さまの来店頻度を上げていくために考えたプロモーションだ。
――生鮮食品についはPBの「食の幸」を強化している。生鮮食品の中での売上高構成比15%を達成した。
大久保 「食の幸」は本当に強化していきたい。流通構造を改革して、高品質の割に安いという商品で、これは西友が目指している姿を実現した商品。もっともっと増やしていく。数値もどんどん上がっている。
――加工食品のPBのMO(みなさまのお墨付き)の現状は。
大久保 今後はもう少し品質を上げて、こだわりを強くするために改廃をして、着実に大きくしようとしている。コンセプトからずれた商品をやめる一方で、新たにどんどん作っているので数字は伸びてくると思う。
小商圏の中、「まずはネットで買う」時代の店の在り方
――いまの日本は人口減少局面でこれからさらに厳しくなるとみられる。売上げの維持が難しくなる中、どうやって新規顧客、例えば若年層を開拓していくのか。
大久保 若い人とか、単身者とか、これまでコンビニエンスニーズに対応できていなかったために来ていなかったお客さまがたくさんいることは確かだろう。
私は、商圏は小さくなってきていると思うし、人口も減ってくるし、高齢化するから胃袋が小さくなるし、売上げが落ちてくると思っている。だから、売上げが落ちても利益が上がるにはどうしたら良いのかを考えることが重要だと思っている。
西友はちょっと売上げが落ちてきているが、それはむだな販促をやめたから。それはそうだ。「安いから」だけで買いに来た人は来なくなるだろう。一方で、近くにいて西友が好きな人はちゃんと来ている。その人のニーズに対応すれば利益が出る。そういう商売にどんどんしていく。
売上げが落ちても利益が上がる企業にしようと思ってやっている。私は、社内でも売上げが落ちてもよいといつも言っている。逆に言うと、「むだな売上げを取るな」「下手に売上げを取って利益を失うことをしてはだめだ」と。
それが成功してこれだけの利益が上がっている会社になっている。先ほど言ったように小売業は変動費商売なので、人口が減っていく中で売上げが減っていったとしてもやり方によっては利益が出る。その成功事例が西友で出ていると思っている。売上げが減っても利益が出るということは証明できた。
コンサルタント(大久保氏は以前コンサルタントでもあった)としてそんなことを言うと、「コンサルタントだから、そう言うのだろう。そんなことあり得ない」と言われてしまうだろうが、実際に私が経営している西友は、売上げが落ちても利益は増えるという実績が出ている。
特に地方では、これからまた売上げが落ちてくる。数年前はコロナでたまたま上がっただけ、いまはインフレでたまたま上がっただけで、また落ちてくるはずだ。
売上げが落ちてきても利益が上がるという「ビジネスモデル」を作ったと思っているが、そのノウハウがいまの西友にはある。「そのノウハウを皆さんに提供しますから、いっしょに経営しませんか」という形でM&Aをしようと思っている。
――あくまで、ロイヤルカスタマーについて分析を深めていくと。
大久保 そこはすごく分析をしている。それには楽天ポイントのデータを活用している。ポイントカードを出せば、(そのお客は)ID-POS情報によって「この人が何を買ったかの履歴」が継続的に分かるようになる。
――ネットスーパーについて店舗出荷型に特化しつつも、楽天との提携時にも言及していたデジタルマーケティングを活用したOMO(Online Merges with Off-line、オンラインとオフラインの融合)戦略が徐々に形になっているように見える。最終的な理想形はどのようなものか。
大久保 これはネット化社会が進むにつれて徐々に拡大していくものと考える。
例えば、ネットスーパーでクーポンを配ると売上げが上がるが、クーポンがなくなると利用しなくなるお客さまが多い。いわゆるリテンション率、残存率が非常に低い。
一方で、何にもやらなくても、入ってくるお客さまも多い。「ネットは便利だから使わせてください」というお客さまがいっぱい入ってくる。だから、時代変化に合わせてじっくりやる。
コンビニがチラシをまいて集客しているなどという話は聞いたことがない。コンビニを造れば、じっくりと売上げは上がってくる。「むだに安売りをして集客するな」と。だからネットについても、「ネットで便利だから、買いたいです」と、お客さまが向こうから来るのを積み重ねていく。
西友はネットスーパーを日本で初めて開始し、20年以上の歴史があるので、もともとお客さまが多いから儲かっているというのは事実としてはある。ただ、ネットは店舗よりももっと変動費商売。だから売上げが上がっても全然、利益は出ない。売上げを落とした方が、利益が出たりする。
――いまネットスーパーの売上げが占める比率は、どれぐらいになっているか。
大久保 店舗によっては10%をかなり超えているところもある。ただ、ネットスーパーをやっていない店も結構あるが、地域の中で、ある店だけに集約するといった形を含めて、今後はもっと商圏を小さくして効率を上げていく方向になってくると思う。
ネット化社会になって、若い人はまずネットで買うようになっている。そういう人がどんどん増えてきて、ネットスーパーの効率が上がるようになってくる。そうなってくると、全店がネットスーパーをやるようになると思う。
店が小商圏で高密度化してくる中で、売上高構成比も上がってくるだろう。私の勘で言えば、30%ぐらいまで行くのではないかという感はある。少なくとも10%ぐらいはすぐ行くだろう。
ネット化社会における若い人の購買行動を見ていると、「まず、ネットで買う時代になる」と私は思っている。(価格が)高くてもネットで買ってくれる。実際、牛丼を1000円出してでも宅配で買っている人は多いが、「価格が高い」とは思っていない。「便利でよい」と思っていると思う。