地方小売企業から学ぶ:ト一屋(山形県酒田市)のローカル特性活かしたツイッター・コミュニケーション術
2022.04.12
2020.10.12
ト一屋は、山形県酒田市に8店のスーパーマーケット(SM)を展開するローカルSM企業だが、ツイッターのフォロワー数が3500を超えるなど8店体制の企業としては異例の多さとなっている。ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)活用に大きな強みを持っている企業と言ってよいだろう。
同社のツイッターを運営しているのは、総務部の佐藤善友氏。同氏はSMにかかわる法規制への対応や社内報なども担当している他、地魚のおいしさや食文化を伝えることを目的に山形県が認定する「庄内浜文化伝道師」でもあり、山形大学認定の「やまがた在来作物案内人」でもある。また、ひととおり料理をこなすなど、料理についての知識も豊富だ。
こうした背景が、ツイッターなどのSNSの運営に大きく貢献しているという。「楽しくお客さまとコミュニケーションさせていただいております」と佐藤氏は言う。
佐藤氏が同社のツイッターを開始したのは2011年9月27日。実は佐藤氏はそれにそれより3年ほど前の08年に個人アカウントのツイッターを開始していた。しばらくは手探りの状態が続いたが、2年ほど経った10年になると次第にツイッターの特徴が分かってきたという。そのノウハウがト一屋のツイッターにも生かされた。佐藤氏は、「ツイッターの何たるかが分かっていないと運営する意味もない」と手厳しい。
とはいえ、佐藤氏もト一屋のツイッター開始1年目は、チラシなどの典型的なものだけをツイートするなど、いわば一般的な運用をしていた。潮目が変わったのが2年目。ツイート内容を昔から庄内地域に親しまれている懐かしさを呼び起こすような話題(在来作物や、庄内の浜文化の今昔)を若い世代にも分かりやすくユーモアも交えて発信するように変化させていったのである。
さらに佐藤氏が注目したのは、ツイッターの即時性だ。「ホームページの場合、(コンテンツを作るために)たとえば畑に行って写真を撮り、コンテンツをつくっているうちに1カ月ぐらい経ってしまって、その商品の時季が過ぎてしまうといったことがある。まさに当日の情報などタイムリーに流す上でも、ツイッターの方が良いのではないかと考えたし、特にツイッターはSMに合っていると思った」と佐藤氏。
140文字という制限の中、写真などと共に気軽に投稿できるツイッターの特徴は、「あえて作り込まない」即時性の高い情報発信につながる。ツイッターの優位性を改めて実感し、それがツイッターを活用する契機になった。
ツイッターに加えツイログの活用で、投稿が進化する
開始直後からフォロワー数は図表のとおり順調に伸びた。
図表 フォロワー数の推移
リツイートもされるなど反応も良く手応えを感じていたが、それでも、決して一貫して順風満帆というわけでもなかったという。13年ごろには全国各地で小売店や飲食店のアルバイトによるいたずらの投稿が炎上するなど社会問題化したこともあった。佐藤氏も「ツイッターがメディアとしてだんだん面白くなくなりつつあるのかなと思った」と当時を振り返るなど、逆風が吹いた時期もあった。
それでもじわじわとフォロワー数を伸ばし続け、今年2月ごろからは新型コロナウイルスの影響もあって急激な伸びを示し、現在では前述のとおり、3500人を超える規模に至っている。
現在の具体的なツイート内容を見てみよう。まず午前中は、朝のあいさつ、天気や今日が何の日であるかといった情報、さらにチラシ情報や日替り和彩弁当についてつぶやく。
10時のオープンからしばらく経った10時30分ぐらいになると、各店で売場が完成することから、佐藤氏は大型店2店に実際に臨店し、売場から当日のツイートネタを拾いあげる。各店の担当者から情報をもらって投稿していたこともあるが、自分で見に行って感じたことをツイートした方がよいと考え、現在では毎日臨店して売場を見ながらツイートしているという。
その際、料理をする立場としての視点を生かすのはもちろん、前述の庄内浜文化伝道師、やまがた在来作物案内人である立場も生かし、地域の情報も盛り込む。また、投稿に際しては、季節の話題などによる季節感の演出や、画像がおいしそうであるかといった点も意識。写真の撮り方、明るさや色調など画像の加工にも気を使う。
ツイートは実際に食べたもの、もしくはツイート後に必ず食べるなど、実体験をベースとすることにもこだわっている。基本的には生鮮に関して優先してツイートし、余力があればグロサリーをツイートするといった方針で臨んでいるという。
コメントが寄せられる双方向性のメディアであることを生かし、コメントに対してはスピード感を意識しながら、誠実に返信することを心掛ける。
佐藤氏は、「今しか作れない旬の食材を常に意識している点では、従業員の誰よりも自分がアンテナが高いと思っている。また、料理のどんな質問にも対応できる自信がある」と言う。ポイントは、料理や地域の知識を豊富に持った佐藤氏が実際に現場に赴き、お客目線で実感や実体験をベースとしながら情報発信していることになるだろう。
「知識+実体験」という、佐藤氏ならではのツイートが大きな差別化要素となっていることが分かる。
ツイートする内容に関して、佐藤氏は「ツイログ」の機能も活用している。ツイログとは、ツイートをブログ形式で保存するサービス。佐藤氏はツイログで過去のツイートを検索し、当日の売場と照らし合わせ、ブラッシュアップして新たなツイートに生かすという取り組みを行っている。
「ストーリーがどんどん膨らんでいくのがツイッターの良さ。自然と自分の食の知識もパワーアップしていく」(佐藤氏)。過去の資産を検索し、少し手直しを加えて生かすことで、「ものの2、3分でフレッシュな今日の話題をつくることができ、効率よくツイートすることができる。ツイッターとツイログは最強のコンビだ」と佐藤氏は語る。
同時に双方向性があることが、強い個性が出せることつながる点も強調。「スーパーは自分の部門の知識に強い人間の集合体だが、ツイログも活用して知識と画像を蓄積し、さらに料理もしながら3年続けたら、部門を超えたスーパーマンになれるのではないか(笑)」(佐藤氏)
実際に反響が多かったツイートは、在来作物である「だだちゃ豆」(写真①)や「限定フルーツサンド」(写真②)など。
写真① だだちゃ豆のツイート
写真② 限定フルーツサンドのツイート
リツイートもあって、共に7000を超えるインプレッションを得ることに成功した。「売上げを上げることを目的にしてしまうと、突然コンテンツなり、ツイートなりがおもしろくなくなってしまう」と佐藤氏。重視しているのは、「リツイート」や「いいね」、コメント、インプレッションなどとなる。
また、「#これを見た人は庄内の画像を貼れ」(写真③)では、SNSのハッシュタグ(キーワードで関連ツイートを検索できる仕組み)で多数のインプレッションを得ながら、さりげなくト一屋を宣伝するといった取り組みに挑戦した。
写真③ #これを見た人は庄内の画像を貼れ
この「さりげなく」という点がポイントで、「宣伝だけでは運営している本人も楽しくないし、宣伝色が強いとフォロワーさんから引かれてしまう。中の人(佐藤氏)が食べ物に真剣な姿勢を醸し出しつつ、楽しみながらツイートしている。そのバランス感覚が運営者の個性」と佐藤氏は強調する。そして、「お客さまとのコミュニケーション自体が大切なコンテンツ」でもあるという。
コミュニケーションの相手はフォロワーだけではない。店の各担当者もツイッターを見ていて、そこからコミュニケーションも生まれているという。
ちなみに、ト一屋では佐藤氏とは別の担当者がLINEを運営し月1回、1000円以上の買い上げで100円引きのクーポンを発行していたり、佐藤氏がツイッター運営と同時にフェイスブックページも運営している。ただし、フェイスブックは実名が原則のためかコメントがツイッターに比べよりはるかに少ない。佐藤氏は「コミュニケーションを取るなら、LINEでもフェイスブックでもインスタグラムでもなく、ツイッターがいい。ツイッターは匿名なので、気軽に本音が話せる場だと思っている。本音の部分がツイッターの良さなのかなと思う」と語る。
地域の企業が、地域性にこだわるからこそ伝わる
小売業のSNS活用の好事例ともいえるト一屋のツイッターだが、佐藤氏はその成功の秘訣が「地域性」にあるとする。「ローカルのねた、話題にこそ、オリジナリティや懐かしさ、地域的な連帯感があるのではないか。浅い知識と薄い郷土愛では、伝わるものも伝わらない。地域性をツイートできるのは地域の企業ならではのことで、例えば全国展開をしている企業が同じようなことをツイートしてもおそらく響かない」(佐藤氏)
フォローする対象についても、あくまで「酒田」にこだわるなど地域性を重視。「酒田と関係のない人をフォローしても意味がないと考えている」(佐藤氏)。それでも現在、フォロー数は3400超になっている。
酒田市を含む山形県の庄内地方では、かつて「アバ」という行商が魚の食べ方を教えながら販売することで魚食文化が育っていったという。その行商も高齢化などから減ってしまい、現在では魚食自体もずいぶん先細りになってしまっている。
佐藤氏は自社のツイッターの意義について、次のように表現する。「どこにも売っているホウレンソウが98円で安いといったツイートはあまり意味がない。チラシももちろん、ツイートするが、『良かったら見てください』くらいのイメージ。私の世代には、いまのおじいちゃん、おばあちゃんと、10代、20代をつなぐ役割があると思う。つまり、地域の食文化を伝えていく役目を持っていると思う。ツイッターを通じて地域の良さを宣伝も含めて伝え、共感を呼ぶようなものになればよいと思う。自分たちの強みはどこにあるのかを考えながら、SNSを運用していけたらお客さまも喜んで読んでくれるのではないか」。
この発言からは、同社のツイッターは単なる同時代における「横の」コミュニケーションだけでなく、地域性に根付く文化の伝承という異なる時代間という「縦の」コミュニケーションの役割を担っていることが分かる。
一方で佐藤氏は、決して現在のツイッターの状況を楽観視していない。「新聞折込チラシだけで戦える時代でもないが、SNSやネットだけで戦える時代でもない。パーフェクトなメディアは存在しない。幾つかのメディアをミックスさせていくべきだ。フリーペーパーなどもオールデジタルにシフトできないのがそれを物語っている」とも語る。
その意味では、現在は「動画」の活用を模索している。ただし、動画の場合、編集作業が大変ということもあり、若い担当者などから動画づくりの得意な人が出てくることなども期待している。
その際は、「たとえば産地見学に行って農家さんにカメラを回して直接インタビューしても、お客様に響く内容にならないケースが往々にしてある。だから店長なり、鮮魚担当、青果担当なりが産地見学に行って、感じたことを撮って伝えることが重要」(佐藤氏)という。
ちょうどそれは、佐藤氏がツイートする際に、自身が現場で感じたことを伝えるという「知識+実体験」にこだわっているのと同じように映る。
ト一屋Twitterアカウント https://twitter.com/toichiya_sakata