ザ・トップマネジメント 2023年の視座と戦略 カスミ 山本慎一郎社長

2023.01.06

2023.01.05

新フォーマットの「ブランデ」はR&Dの位置づけで実験繰り返す、本来のバリュープライシング、人でしか出せない価値を追求

――2022年には新フォーマットとして地盤である茨城県つくば市内に「BRΛND(ブランデ)」を2店出店した。改めてその意図と現状は。

山本 ブランデで一番ポイントになるのは、これはわれわれのR&D(研究開発)であるということ。これをどれだけ展開するのか、次の手などに関心が寄せられるが、もちろん、「次」も考えるが、そもそもブランデは「混ぜ合わせる」との名前のとおり、いろんなものを混ぜ合わせてみようということで取り組んでいる。

つまり、いまのストア、スーパーマーケット(SM)に対して、「ビヨンドストア」「ビヨンドSM」といった形で、超えていくにはどうしたら良いのか。いままで主に原料を提供する、「食材提供業」だったものからどういう方向に超えていけばよいのだろうかということがテーマになる。

そのテーマに対して、いろいろなものを混ぜ込みながら、いままでなかったものを入れている。もちろん、それはゼロからということはあり得ないので、例えば1店舗目はアメリカのコンビネーションスタイルに少しデジタルを交えたオマージュ、2店舗目はウェグマンズ、ホールフーズなどがやっている、少しバーみたいなものを置いたり、滞在スペースを広めにしたりといったことをやっているが、これは新たにやっているわけではない。

それでも、われわれのような典型的な、ティピカルな日本のSMからすると、少し枠をはみ出たものだ。もっともっとやるべきことがいろいろあるし、商圏に関しても、つくばに2店舗。つくばの商圏は万能かといえばそうではない。特殊な商圏でもある。

これからの断片化したマーケット(地方)、あるいは多様化した商圏(都市部)、お客さまに対応して、いろんなものをつくっていこうという1つの宣言みたいなものだと社内では考えている。

それがある意味、「新業態プロジェクト」といわれるもので、よく言われるように新業態は一発でつくって成功というのはまずあり得ない。通常、例えば3年といった期間がかかるものだ。

いろいろと試行錯誤して、ある程度、これが成功する業態だ、フォーマットだというものができ上がった後に、店舗展開するわけだから、われわれとしてもやはりそのプロセスを踏む。まだ1年だから、今後もおそらく400、500はいろいろ形で試行錯誤しながら努力していく。

ただ、そうは言っても現状出ている、例えば「MiiL(ミール、オリジナル商品)」、あるいはブランデの要素は少し一般の店にも広げている。他、ピザの冷凍の商品化などは店単体の損益ではない。われわれの既存の店舗に対してどんな価値を広めていけるか。その意味ではわれわれとしては、共有資産みたいな位置づけ。

だから通常の出店の考え方とは全く違ったR&D拠点。最初からそのつもりでやっていた。普通はできたものを流すが、やはり、昨今はお客さまに聞いてみないと分からない。そうした形で「聞いてみた」のがブランデで、それ以上でもそれ以下でもない。

成功どうかは分からない。ただし、1つ分かったことは、われわれのいままでの思い込みの顧客像、例えば値頃感であったり、品質に対する考え方であったりといったものは、われわれが考えていた像とは少しずれていたと考えている。それが、われわれが現状のマーケットとずれていた部分なのだろうということは、いろんな意味で再確認させてもらえた。

「無人店舗」を目指すわけではない、人でないと出せない価値を追求

――例えばどのような「ずれ」があったか。

山本 例えばピザ。SMでは1000円、1200円のピザは売れるとは思っていない。「598円だろう」と思っている。でも、お客さまに価値を認めてもらえれば、それは値段ではないということ。

ブランデでは、ピザは地元の飲食店「アミーチ」とコラボレーションして商品化。本体価格980円~1480円の焼き上げた商品の他、冷凍食品も商品化

われわれの過去のプライシングは、「バリュープライシング」かというと、そうではない。原価があるから(そこに値入れをした)売価がある、原価が100円だから150円で売ろうといった形で、全然バリュープライシングではない。やはり、顧客の「価値」に寄り添うとはどういう意味なのかということ。お客さまが買いたい価格でしか売れないんだという事実と、われわれが仕入れる原価は別物だということだ。

他には「人手」の考え方。確かにデリカは人手がかかるが、最終的にリアルの店舗における差異性は何だろうかということだ。

当然、商品そのものはネットで注文して来ようがリアルで買おうが同じ。一方で人手は単なる作業ではなく、ある意味、専門的な調理技術などが加わったときには価値が上がる。やはり価値を上げていくということには、そういった人の「無形資産」、例えば調理能力であったり、アレンジメント能力であったりみたいなものに起因するのだろうということがよく分かる。

われわれも生魚のコーナーを作って生魚を売っているが、やはりお客さまとコミュニケーションする対話力と、なおかつ商品化して刺身、切り身などいろんな形にする能力が相まっている。

いままでは、どちらかというと努力の方向性が違った。大量生産品をとにかく高効率にパッキングして、高速で供給することのみできたが、どうもいまはそれだけではない。それはどこにでもあるもので、どこにでもあるものに関しては、あまりお客さまは価値を感じられないというのがいま。

だから人の持つ力に振ろうとしている。もちろん、人のやっていることの中には、まだまだ反復作業のようなものもある。機械が代わってやれることもまだまだいっぱいあるはずで、そこは戦略的な自動化をやる必要があると思っている。

ただ、「無人店舗」にするわけではなく、本当に人でないと出せない価値もある。寿司店の差別化は板前の、職人の腕。だから、それをどうやって生かすかというところに、われわれが食の専門性を展開できるかのポイントがある。

鮮魚はいま(マーケットとして)つらいが、まだ全店にリソースがある。だから、それをどう生かすか。デリカもそう。肉に関しても、いままで100%センター加工にしていたが、それをもっとお客さまと触れ合える場所に持ってきたらどんな価値が想像できるのかと。

それで、一方でレジを無人化して、レジの人をイートインコーナーのカフェ&ダインに配置したりしている。

社内でも話しているが、そこで働いているメンバーの意識をどう変えていくかが重要だ。基本的にはマインドチェンジだと思う。われわれ自身のマインドチェンジが実はブランデのような売場をつくる際には一番大きい。

「何でもやっていい」「何でもやれるんだ」ということがベースになっている。旧来の店舗であれば商品を隣の売場に持っていくには振替伝票が必要だといったいろいろな制約があって進まない。

そういうものを取っ払ったとき、自分のいままでの行動をどう変えていくかが大きい。売場を変えるということは人の心、マインドを変えるということだと思うし、マインドが変わると商品化を含めて売場はどんどん変わっていく。

――時間軸はどのように考える。

山本 人だから一番時間はかかる。ただ、10年かけてというものではない。人間、一夜にして変わる人もいる。やはり組織全体ではおそくとも3年ぐらいのスパンで変えないと次はない。

ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(U.S.M.H)では、「リテールシェフアカデミー」という取り組みを行っている。プロのシェフや料理研究家に教えてもらうプログラムだ。実際に作ってみて、だしを引いてみて分かる。そういう経験が広がっていくと、いろんなアイデアも膨らむ。それは次の商品化に結び付くと思う。

もう1つ、近隣のレストランのシェフとコラボレーションしてダイレクトに習うという取り組みも行っている。こういったところが専門性を高めていくと思うし、ワイン売場にはソムリエを配置するといったことになる。

社内では多能化をどう進めて行くかに取り組んでいる。これまでの部門別管理の中で、「部門の中で、あなたの売場はここで、ここだけを完璧にする」というのがこの業界では多かったが、そうではなく、いろんなところの仕事ができる人。

それには戦略的自動化のレベルを上げるしかない。上げた上でいろんなところの仕事ができる。例えば値付け作業。みんなができることではないとしたら、仮に値付けができる人がその部門に1人しかいなかったら、その人がいないと値付けができず、結局モノが作れない。これがボトルネックになってしまう。

だから誰でもできるようにする教育はすごく大事で、そのためにはいろんなことをやっている。ビデオ教材を作ったり、それをいろんなところでも観られるようにしたりといったことはやっているし、そういうことをやっているのが、ある部分で、われわれの働き方の改革の1つ。

スキャン&ゴーの利用率は、ブランデでは約35%にまで高まる

――オリジナル商品のミールの状況は。通常のミールカスミの他、マルシェ(地域とのつながり重視)、プレミアム(こだわり)の3種類あるが、それぞれの売上げはどうか。

山本 ブランデ2店ではミールは22年10月実績で41.7%の売上高構成比。これはブランデがいかにナショナルブランド商品を売っていないかということもあるが。2000アイテムを超えているが、既存店でどのように展開するかにおいては、売場で(既存の商品と並んだときの)商品のレベルをどう合わせるかが大きい。

ミールの中での売上高構成比は、ミールカスミは57%、マルシェは35%、プレミアムが8%。

オリジナル商品の「MiiL」は通常のラインとマルシェ、プレミアムの3ラインを販売。ブランドのロゴはそれぞれ赤、緑、金色となっている

――U.S.M.Hの上期決算発表ではグループとしては価格を重視する方針を出しているが。

山本 両方だと思う。EC(電子商取引)ではギフトなどは、高いものが支持されている。だからいまお客さまは、例えば上の方のラインに関しては値段を全く考えない、一方で下の方のラインについてはものすごく値段を気にするといった感じになっている。

例えば1万円のものを買うときには値段をあまり考えずに1万円だろうと9000円だろうとあまり変わりない。一方で、200円のものを買うときは200円なのか160円なのかをすごく気にするといったような。

もちろん、客層もあるが、もう1つは、1人のお客さまでも、自分が価格にすごくコンシャスになる分野とそうでない分野が明確に分かれている。昔はハレの日消費と言ったが、いまはハレの日と呼んでよいのか分からない。

そういう意味では二極化している。どっちつかずの真ん中で安くもなく、良くもなくというのは全く支持されない。

――そうなると、ある程度、価格感度の高いところは対応するか。

山本 価格感度の高いところに関してはやはり価格で押すしかない。それには価格で押せる仕組みがないと駄目。当然、コストは上がっている。SMチェーンのコストはみんなローコストかというとそうではない。意外とハイコスト。それはいろんな社会的なコストを負担しながらやっていく必要があるためで、企業はある規模や年齢になるとハイコストになってしまう。これは当たり前の話になっていて無視するわけにはいかない。

だから、そのコストを負担しながら、世の中に受け入れるだけの価値が創造できるかということに尽きる。

産業として社会的な責任を負っていくという意味では、そのコスト構造を担保しながら、なおかつもっと高い生産性を上げることが必要。為替レートの影響を除くと日本の卸、小売りは生産性がアメリカの3分の1だという。

われわれのセクターは付加価値を稼げていない。当たり前だ。ただ物を持ってきて並べて、付加価値が出るわけがない。お店はいっぱいあるわけだから。だから、それこそ隣のお店にないものをどうやって提供するか。よそと違うことを提供するために、一所懸命になるしかないのではないか。

――スマホPOSの「スキャン&ゴー」の利用率は。ブランデでは利用率が高いというが。

山本 平均では2%ぐらい。ただ、下の方が1%未満、上がブランデの35%ぐらいと落差が大きい。

これは設備の問題もある。ブランデがなぜ、高いのかといえば、まず普通のレジがない。さらにブランデでも研究学園店はつくば並木店よりも10%ポイントほど高いが、これはそこら中に決済する端末があるから。やはり、そういう環境をたくさんつくっていくことが大きい。

「ブランデプライム」会員も2店舗合わせて8000人を超えている。そうなると当然、利用者も増える。仕掛けだと思う。

ブランデではレジのセルフサービス化を強力に進めた結果、スキャン&ゴーの利用率が高まった(写真は研究学園店)

――ブランデプライムは会員制の有料プログラムとして注目している。お客からの評価は。

山本 トゥイッターなどソーシャルネットワーキング(SNS)の投稿を見る限り、もちろん、全面的かどうかは別にしても、ある一定のお客さまにはきちっと評価されている。

もちろん、単店の客数は大事なのだが、やはりいろんなものを創発することを重視している。

――ブランデプライムはゴールド会員が年会費5000円、シルバー会員が同3000円、ブロンズ会員が無料となっている。多くがゴールド会員というが、SMの年会費5000円については。

山本 コストコやアマゾンの年会費を考えれば高いとは考えていない。考えたのは、どのような特典を付けるか。例えばゴールド会員では1日1杯コーヒーを無料で提供しているが、実際、1日300杯ぐらい出ている。コストはかかっているが、それはお客さまが来ていただいているということになるわけで、当然、ウォレットシェアは上がるはず。そうやって関係性をどんどん深めていくということだと思うし、そのために作った。

お客さまに選んでいただけるにはどうするかと考えれば、居心地を良くしなければいけない。

研究学園店にはブランデプライムのゴールド会員専用のラウンジを設置

――ブランデ自体の損益についての考え方は。

山本 もちろん、考えていないわけではない。1号店のつくば並木店は、駐車場も広く、回りの商圏にそれなりに人口も多いためだいぶ(採算)ベースに近づいてきた。研究学園店はまだ課題ありだが、こちらの方がよりアグレッシブな研究を行っている。いろんなイベントを実施したり、ウイスキーの有料試飲をはじめたりなど、「いる空間」を重視した取り組みをしている。

他にもまだまだやらなければいけないことはいっぱいある。われわれの「食材」ということを考えれば展開領域はいっぱいあるので、やっていきたい。

ブランデ1号店のつくば並木店はウエルシアとのコンビネーションストアを形成する他、無印良品とも共同出店するなどショッピングセンターを形成、集客にも寄与している

――オンラインデリバリーを進める中で、分野別に在庫拠点を分けるローカル・フルフィルメント・ストア(LFS)という仕組みを導入している。

山本 マーケットが広がる、取扱アイテム数が増えるという効果がある。いま、つくばのエリアではブランデの商品をどこでも買えるようになっている。店に取りに来るパターンであれば、エリア内の他の店でも商品を受け取れるといったことも大きい。

いまはつくば、守谷、水戸、東海のエリアなど、われわれの「ブランデセレクトショップ」を作ったエリアを中心に、まず、エリアチョイスを広げていこうとしている。

また、これは将来に期待を込めて言うと、自店だけではない展開を考えたい。地元のいろいろなお店に入っていただけると良いと思っている。どうせ運ぶのであるから、SMだけでは生活できないわけだから、入っていただく。そこに行くのがLFSの1つの大きな目標。

いま移動スーパーを53店展開している。2年間で10店から53店になった。おそらく来期もまだまだ増えるのだが、これをやってみると、社会の買物のインフラがそこら中で寸断されたのがよく分かる。買物に来られない人が増えたんだと。

そこで売れているものを見れば見るほど、実店舗に来る来店客が減るのは当たり前だと思える。その中でのわれわれの使命は、ビジネスをやることでちゃんと付加価値が付いて継続できるようにすることだ。

お役立ち資料データ

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