お客さまの願いを叶えるために「変わり続ける」ことを楽しむ ひとまいる社長 前垣内洋行

2025.11.06

2025.11.04

配達の独自性と強みを前面に出す事業再編

 「なんでも酒やカクヤス」を展開する業務用酒販店のカクヤスを主力事業とする持ち株会社のカクヤスグループは創業104年目を迎えた今年7月、大きな事業再編を実施した。業務用だけでなく家庭用も含めた酒販事業で成長してきた一方で、その過程で築き上げた物流機能も生かした形での新たな事業モデルを追求するためである。

 もっとも、同社は1990年代~2000年代にかけてはバブル崩壊による価格競争や酒類小売免許の緩和による競争激化、また、直近では2020年から新型コロナウイルスの影響など、事業を取り巻く環境が変化する中、都度戦略、あるいは事業そのものの形を変えながら成長を遂げてきた。

 その点、今回の事業再編は持ち株会社の社名をカクヤスグループから「ひとまいる」に変更するなど、かなり踏み込んだものとなった。酒販の事業会社のカクヤスの社名は残るものの、グループ名からは長年慣れ親しんだ「カクヤス」の文字が消えた。その意図するところ、そして今後の方針について持ち株会社を率いる前垣内洋行(まえがいち・よしゆき)代表取締役社長兼CEOに聞く。

 今回の7月からの事業再編に先立つ5月、同社は2028年3月期をターゲットとした中期経営計画の「TRANSFORMATION PLAN 2028」(骨子)を発表している。「物流」を軸にしつつ、さまざまな商品の受注、配達、請求決済までの一連のサービスを外部企業へも提供することで「販売プラットフォーム企業」となることを目指すもので、事業モデルを小売り、あるいは卸売りからプラットフォームへと大きく転換させる内容となっている。その意味では、社名変更はまさにそれを象徴しているといえる。

 「当社グループにとって大きな事業再編を行うことになり、変わったことをグループ内、また社外にも分かってもらうために、社名を変更しました。

 なぜ、わざわざ『カクヤス』という名前が入った社名を変えるのかという話もあったのですが、ここは逆に『変わっていない』と思われることが本意ではなかったので、ここで『カクヤス』の名前を冠した『カクヤスグループ』を、『ひとまいる』に変えようということになりました。

 それではなぜ、事業再編をしたのか。まずは国内全体で見ると人口が減っていますし、年齢層もどんどん高齢化していきます。そうすると、飲酒人口がまず減っていきます。これはもう人口動態なので、必ず来る未来です。そして、現時点で、すでにピークアウトは始まっています。

 また、当社グループが上場(2019年12月)してすぐに(新型)コロナ(ウイルス)が来たのですが、当然、上場前には考えていなかったことですし、そのコロナの影響もかなり大きかったです。

 コロナを脱したアフターコロナの世界においては、おそらくコロナの影響によってだと思うのですが、健康志向が高まりました。また、そこで特にお酒を提供する飲食店の営業時間の時短要請など政府の見方も変わってきたところもあって、飲酒習慣が変わってきました。

 そうすると、上場して継続的に成長が求められる中で、本当にこのまま『お酒の一本足打法』でやっていていいのだろうか、『このままではゆでガエルになってしまうよね』ということで、『変わっていこう』という決断をまず、しました。

 それでは、どう変わっていくのかということで、当社グループは、酒屋ではあるのですが配達に独自性と強みがあると思っていますので、それを前面に出していこうと。『われわれの売りはそれだよね』ということで、酒屋さんという看板を一歩下げて、強みを前面に出すような事業再編にしようということで、デザインしました。

 あと、ここは肝なのですが、当社グループの配達による売上が8割以上と、もともと配達をメインにやっているので、さらに配達を強化するということになると、いま一所懸命がんばってくれている現場の人が、『この上に、さらにやるの?』と思ってしまいます。当時は、人員に余裕がある状況ではなかったため、前期にしっかりと人員を増やしました。これにより、前期は増収でしたが、人件費の増加によって減益となりました。

 まずは人をどんどん入れつつ、前期中に段階的に再編の方向性について説明を進めていきました。そして前期末にある程度、『絵姿はこうです』となったときには、現場にはある程度、人が入っている状態になっていましたので、『何で人がいないのに物流を強化するの?』という声はほぼ上がりませんでした。

 われわれの事業は本当に『人が運ぶ』という事業ですので、現場の人財が離反してしまうと立ち行かなくなってしまうので、そこは気を付けてやりました。

 実は、配達人員は入社していただいてからすぐには戦力化できないのです。われわれの配達の仕方ですとか、配達のツールの使い方を習得してもらう必要があるため、当初は2人乗りで配達をやらざるを得ない。だから、そういう期間も考え、人員は前期の前半に一気に増やしました。酒屋のピークは12月ですので、いままでは12月に有休消化をすることは考えられなかったのですが、そのおかげで昨年は『12月に有休消化ができました』といった話が出るほどでした。

 今回の再編に向けた話をどんどん実現化していく中で、人財の充足度合いがある程度間に合ってくれたので、大きなハレーションを起こさずにいまを迎えられているのかなと思います。

 当社グループは酒屋ではあるものの、事業についてはいろいろサービスを変えながら、いままで来ています。その原動力は、現場の工夫や対応力だと思っています。現場がそっぽを向いてしまうような事業再編は絶対できません」

 新たな社名である「ひとまいる」には、どのような思いが込められているのか。

 「新しい社名や(ロゴ)マークはこの先長く使っていきますので、ブランディング会社にも協力を仰ぐなど、丁寧に検討を進めました。その中で幾つか候補が出てきたのですが、これまで会社を引っ張ってきて、会社の思いなどの源泉でもあるので、最終的には(創業家の3代目社長で、事業会社カクヤスの現社長である佐藤順一)会長に決めてもらいました。

 社名決定の過程では、幾つかの候補の中から迷わず初回で『ひとまいる』に決まったそうです。決まったときに、丸文字で平仮名というところが『われわれらしいな』と思いました。

 『われわれらしさ』のお話をしますと、佐藤(会長)は、『サービスを考えるときに、コスト計算をしないように』とよく言います。もちろん、最終的には計算するのですが、『まずはコスト計算から入らない』ということです。われわれの思いの中に、『あと1つ、お客さまのご要望に応えたい』ということがあります。この『たい』が結構重要でして、いますぐには全てのご要望にはお応えできないものですが、『お客さまのご要望に応えたいと思い続けよう』という思いで事業をやっているわけです。

 コスト計算から入ってしまうと、その思いと反してしまい、結局、われわれの都合によるものとなってしまう。そうすると、『できる範囲でやらせていただきます』となってしまいます。そうではなくて、まずはお客さまのご要望をどれだけ叶えられるかということを、前広にやった上で、だめだったらやめれば良いし、うまくいったらその理由を、コスト計算を含めて考えれば良いということで、いままでやってまいりました。

 以前は行動指針として『スピリット・オブ・カクヤス』というものがありましたが、新しくひとまいるに社名を変えたことを機に、『ひとまいるSpirits』を新たに設けました。こういう社員像であってほしいということも含めて、存在意義・お約束・ひとまいるらしさ・Spiritsからなる『グループ企業理念』を定義し直しました。

 『ひとまいるらしさ』には、『根っこにはどんなときも「愛」がある』という言葉があります。お客さまのことを思って、愛を持ってサービスを作ったり、提供したりすることが、何となく平仮名で、丸文字で、『ひとまいる』というイメージにすごく合っているように思えて、すごく気に入っています。

 『ひとまいる』の意味につきましては、まさしく、当社グループは『人』がお運びして売上が上がっていますので、われわれの『人(ひと)』が『参(まい)ります』ということ。さらに、われわれは特に東京23区については、ラストワンマイルを1時間枠で、他社ができないような形でやらしていただいているので、その『ワンマイル』の『ワン』を和風に『ひと』と読み替えて『ひとまいる』としており、2つの意味を持ち合わせております。

 お客さまに対する思いと姿勢、そして、われわれの強みとしているところの両方の意味が入っているので、すごく気に入っています。ただ、これはありがたいことですが、なじみのあるお客さまや株主様から、『カクヤス』の部分に愛着があったのに『何で(変えたの)?』と言われます。いきなり慣れてくださいと言うのはおこがましいですが、新社名に込めた思いや姿勢で事業を行ってまいりますので、慣れていただけると幸いでございます」

 「TRANSFORMATION PLAN 2028」(骨子)の説明には「成人人口の減少×成人一人当たり酒類消費量の減少」による厳しい事業環境を受け、持続的な成長のためには、強みをさらに強固とするための再編が求められているとある。その上で、「事業再編による成長戦略:プラットフォーム化による成長」「既存事業の成長戦略:カクヤスモデル磨き上げ、残存者利益を獲得」「サステナビリティ」の3項目を掲げる。

 「1つ目は、事業再編の部分で『変わらなければいけない』ということを背景に、新たに『他人物』(他社の荷物)を運べるような許認可を実装するということに加え、販売プラットフォームを構築することで、これまで酒類販売事業を行うカクヤスだけで使っていた販促、受注、配達指示、請求、決済まで行うシステムを他社様にもお使いいただける形のシステムに刷新してまいります。

 そして、その販売プラットフォームに酒屋以外の販売会社をどうM&A(企業の合併・買収)やアライアンスを含めて取り込んでいくかというところが一番大事なところとなりますので、この部分を一所懸命やっているところでございます。

 2つ目は、既存事業のところです。今回の再編はともすると『運送業に鞍替えするのですか?』という話になりがちですが、それは違いますと言いたいです。酒屋は酒屋でこれまで通りしっかりやっていきますし、われわれの強みをしっかり生かしながら、酒類販売事業でも事業拡大をしていきます。

 今回は上場している『カクヤスグループ』が『ひとまいる』と社名変更したことでありまして、その子会社で酒類販売事業を行う『カクヤス』という社名に変更はございませんし、『なんでも酒やカクヤス』の看板が変わることもございません。『カクヤス』は今後もしっかりと、お酒の販売会社としてやってまいりますので、そこはご安心いただきたいと思います。

 既存事業をしっかりとやっていく上で、DX(デジタルトランスフォーメーション)としては、より買物をしやすくする、アプリの刷新や配達を効率化するためのハンディターミナルなど導入を行っております。また、配達に不可欠な人財の獲得についても、引き続き強化してまいります。

 3つ目はサステナビリティですが、いまEV(電気自動車)車両の導入によるGHG(温室効果ガス)の削減や廃食用油を回収してSAF(持続可能な航空燃料)に作り替えるということが、いまのサステナビリティの取り組みの中では肝になっています。ここはしっかり取り組みたいですし、廃食用油の回収量も想定よりどんどん増えています。

 単なる回収の場合、産業廃棄物の許認可が必要など、その関連の業法の問題が出てきてしまうため、資源を買い取らせていただき、それを再資源化する工場に販売するようにしています。儲けは厚くないですが、サステナビリティの取り組みとしてやらせていただいています。

 われわれのお客さまには大きく分けて飲食店のお客さま、一般のご家庭のお客さまがいらっしゃるのですが、特に飲食店のお客さまについては、廃食用油は日々出るものであり、いままでお金を払って回収してもらっていたものを資源として買い取る、しかも、配達の都度、帰りの静脈で回収するので、油を貯めておく必要がなく、結構、ご好評をいただいています。それが、われわれのプライベートブランド(PB)商品の食用油の販売にもつながっています。この取り組みは、ウィン・ウィンの形になっていると思っています。

 片や、ご家庭でも回収をさせていただいているのですが、ここについてはまだ十分にご認知されていない状況です。例えば、役所などの回収では『コーナーを設けましたので持ってきてください』といったことが多いですが、われわれはご家庭まで回収に伺いますので、手間がかかりません。

 飲食店の廃食用油の回収は以前から行われているもので、結構回収が進んでいますが、一般家庭についてはわれわれのように『静脈』を持っている業者がいないので、『持ってきてください』というところが多い。ここ(静脈物流を活用できること)については積極的にアピールをしていますが、ある程度時間かけてご認知いただくことで、結果的に、われわれしかできない差別化になっていくのではないかと思います。

 しかも、SAFの原料である廃食用油は国内で既に枯渇してきています。海外から買うといった話もあるほどです。その意味では、『眠っている資源』を掘り起こせるのはわれわれだけだということで、そこにしっかり取り組んでいきます。

 飲食店については、お酒のお取引のある既存のお客様を対象にしていますが、この取り組みをきっかけに新たに取引が始まるお客様もいらっしゃるなど、相乗効果が出ています。

 中期経営計画の中でも、特にしっかりやっていく部分として、この3つの骨子を決めました」

廃食用油を買い取り、航空燃料にする取り組みを実践する上で、飲食店のみならず、家庭の顧客基盤も持ち、さらに回収する「静脈物流」を持つことが大いに強みとなっているとする

コロナ禍には2年間赤字続くも、先手打つ

 同社の特徴として、主力のBtoBの業務用の酒販の他に、BtoCである家庭用の販売も行っていることがある。コロナ禍の際は、飲食店の営業に制限がかかったが、同社としてもその影響をじかに受けた。

 「まず、政府からの飲食店への制限があって、かなりの減り幅がありました。1割、2割減ったではなく、1割、2割になったぐらいでした。そうなると、飲食店向け販売しかやっていない会社は、仕事がなくなり『何をやるの?』となり、『休んでください』になってしまう。しかしながら、われわれは幸い一般のご家庭への販売もしていましたので、そのお届け需要が4割増しぐらいになりました。そこにシフトできたのが良かったですし、従業員の離反にもならなくて済みました。

 ただ、家庭向け販売が4割増しになったとしても、もともとの販売構成比が20%弱なので、全社をカバーできるまではいきませんでした。結果的に、従業員の継続雇用ができたことは良かったと思いますが、(2020年度、2021年度は)赤字が20億円、30億円と出て、かなり厳しい状況でした。

 このような状況下でも、コロナから脱したときのことを想定して、4割増しになったご家庭用の配達需要は一度利便性を感じて頂くとそれほど減らないと仮定すると、飲食店の需要が戻ったときに、このままでは運び切れなくなってしまうのではないかと考えました。

 特に飲食店に対しては、われわれが供給する商品でご商売されていますので、供給責任があると考えています。だからこそ、無責任に『運べません』とは言えません。

 これに対応する形で、コロナから脱した未来を見越して、コロナ禍のまだまだ厳しいときに、特に需要の高い都心に飲食店向けの小型出荷倉庫を整備し、そこで(コロナ明けで飲食店の需要が)増えた分を賄えるようにしようと考えました。それで、20カ点ほど新規出店を計画し、遅れもありましたが、最終的にしっかり20カ点を出せて、アフターコロナに向かうところで、しっかりとその飲食店の戻った需要を受け止めて、運ぶことができました」

 厳しい中でも、先手を打つことで危機を乗り切った格好だ。

 「もともとは酒のディスカウンターでしたが、2003年の酒類販売免許の自由化に向けては、お届けで付加価値を付けるために『配達を強化しよう』ということで(東京)23区に100カ点ぐらい配達拠点を造ったり、2017年に酒税法の改正などにより廉価販売の禁止が法整備される中で、これから仕入先が使う物流会社の運賃の値上げが仕入価格の値上げに跳ね返ることを想定し、それを回避するために平和島(東京・大田)に大きな倉庫(平和島流通センター)を設け、仕入先の物流を含めて全部自前でやろうといったことなど、これまで変化をずっとしてきています。

 今回の変化はとても大きいですけれど、これまでも変わってきましたし、必要であれば必要な形に、変わらなければいけないというのは、ずっと思いとしてありますね。それで今回は社名まで変えるということです」

 家庭用の定着の一方で、業務用の戻りにはどのような傾向があるのか。

 「お酒を飲まれる文化や習慣が変わってきています。以前のように職場などで大人数で集まるような需要が減り、大箱の居酒屋のコロナ禍からの戻りは限定的になっています。逆に、本当に親しい人といっしょに、おいしいつまみで、おいしいお酒を飲みたいという需要に変わったのだと思います。だから、飲食店に行く行為が『ハレの日』に近くなっているような感じです。

 以前は飲むのが『日常』で、安くて、飲み放題サービスなど分かりやすいものが受けていましたが、それが『ハレの日』需要に変わってきた。そうすると、やはり、料理や取り扱うお酒に特徴のある個人で営まれているの飲食店が伸びました。実際、コロナ禍にも、その予兆がありました。やはり、個人で営まれていると店主とお客様が顔でつながるんでしょうね。

 まだ規制があった当時も、個人出店の飲食店は元気でした。『あの大将を応援に行かなきゃ』ということで、いままでだったら1000円ぐらいのボトルだったものを、『あまり長い時間いられないから思い切って2000円にしちゃおう』といった商品の変化も感じられました。

 いまでも飲食店向け販売の顧客数の戻りはまずまずですが、(単価アップや)メーカーの値上げ等もあり増収となっています。今後は、市場の変化を背景に個人飲食店を中心に獲得に行く。さらに個人飲食店はバックヤードが小さいことから、大量に商材を仕入れて積んでおくスペースもないので、例えば急に大人数のお客さまが来ても、われわれに電話をしてもらえればすぐに持っていくこともでき、われわれのクイックデリバリーの配送の強みが生かせます。

 アフターコロナでも(新たな拠点)20カ点を置いて、しっかりとお届けすることができています。他の業務用酒販店はルート配送なので、次の日になってしまうわけです。また、競合の業務用酒販店は人手不足もあり、週に2回しか行きませんとか、10万円以下はお断りしますといった形になってきています」

 カクヤスでは10時~22時の時間帯、送料無料でビール1本から最短1時間で配達する態勢を、東京都23区を網羅する形で築いた。配達の際は業務用と家庭用を混合させることで1時間4軒以上を回る効率性を持つ。

 ただし、昨今のコスト増の影響を強く受けた直近の2025年3月期の決算では売上高こそ前期比3.9%増、過去最高となる1345億1400万円を達成した半面、営業利益は同37.9%減の17億8100万円と増収減益決算だった。

 同期の売上高構成比では飲食店向けは実に約71%に達し、残りの家庭向けの約28%が宅配約16%、店頭約12%といった形で分かれている。結果、飲食店向けと家庭向けを合わせた配達関連の売上高構成比は約87%と、実に9割弱の売上げを配達が占める。

 今後、ビジネスが拡大する中で、このバランスをどう考えるか。

 「飲食店向け7割、一般家庭向け3割のバランスは以前から変わっていませんし、われわれがクイックデリバリーで採算が維持できている理由がここにあります。他の家庭向けのラストワンマイルの事業者の多くは、多分、採算に乗っていないのではないかと思います。家庭用でラストワンマイルをやると、一回の配達の売上と注文の頻度が高くない問題があって、採算に乗りづらいのです。

 われわれは、飲食店向けの販売があります。こちらは一回の配達売上も大きく、ほぼ毎日ご注文いただける。この物流に一般家庭向けの注文を混ぜるので、実現できているわけです」

 グループとしては現在、首都圏の他に関西、九州に事業を展開し、250を超える拠点から飲食店向けと家庭向けに酒類などを完全自社物流で配達している。首都圏は歴史もあり、事業基盤も整っているが、今後、関西、九州をどのように深掘りしていくのか。

 「特に九州はコロナ禍に業務用酒販店を2社買収して拠点を作りましたが、やはり飲食店向けが多い一方で一般家庭向けが少ないので、いま一所懸命、拠点を造っています。まずは、お酒で飲食店向け、一般家庭向けの両方を展開しつつ、首都圏で今回の再編が実現したらその形を関西、九州にも移植していくようなイメージです。

 それぞれのエリアでお届けの需要が異なるかもしれないですが、『われわれはこういう枠組みでいろいろな需要に応えられます』という形で、各地で展開していくと思います。プラットフォームを掲げる以上、やはり全国の中でも主要都市には進出したいと思っています。

 そうすると、例えば北海道の札幌や愛知県の名古屋などが想定されますが、一番スムーズに行くのはまずはお酒で進出して、配送網を造りながら他の分野にも少しずつ進んでいき、プラットフォーム化することを最終的にはやりたいと思っています。われわれの事業がフィットするのは、需要が集積しているところですので、そうなると都市は限られます。

 われわれが事業再編をするにあたって、いろいろな会社とお話をするようになったのですが、意外なところで困られていることが見てきました。われわれの協力の仕方としても『ここでは協力できるかな』といったことが見えてきたので、すごくおもしろいですね。

 いままでお付き合いのあるお酒系の問屋やメーカーのお話を聞いていても、『ここで困っているのです』といった話があります。そこが事業化できるか、商売になるかというところの相談をいましています。

 お話を聞くことで、われわれのできることを考え、さらに配達ツールは何が良いのか、採用のための募集の形もどのような形が良いのかといったことを考えています」

 乳製品を中心とした宅配事業を展開する明和物産(当時)を21年に買収、今回の再編に伴って「ひとSmile」に社名変更した。グループ企業としてどのような役割を担っていくのか。

 「いまでも明治などの牛乳の配達事業者として都内でも一番大きい販売会社です。今後はいままで展開していた明治の商品の事業もやりながら、こちらでも1万4000軒のお客さまを抱えていますので、そこのお客さまに対する他の商品のリーチを作っていきます。

 また、酒類販売事業者であるカクヤスにはお酒の販売で4万軒以上の飲食店のお客さまや個人のお客さまがいらっしゃることを考えると、やはり、お酒に近いところから『食』が中心になっていくと思います。その食のところを他からM&A、アライアンスで持ってくることも考えていますが、それを待たずに、まずは、ひとSmileが食材の販売会社としての機能をスタートさせます。

 いままではひとSmileがお客さまの管理から配達まで行っていましたが、今回、その配達の機能をひとまいるロジスティクス(旧大和急送、24年に買収)に委託し、ひとSmileは販売会社としてしっかりやってもらうようにしました。牛乳の配達のお客さまとのやり取りも継続していきますが、まずは飲食店のお客さまに食材を売っていこうという方針ですので、営業担当者もカクヤスから何名か出向させて、そのための態勢を組んでいます。

 カクヤスの店舗や配達拠点に商品を配架するグループ内の物流センターが、平和島にあるのですが、このセンターは現在ひとまいるロジスティクスが運営管理しています。物流機能については、ひとまいるロジスティクスに寄せていく方向性です。

 その意味では、カクヤスの『ラストワンマイルの物流』も委託するのが分かりやすいとは思いますが、現状、販売と物流とで密接に連携していますので、ここをいきなり変えると、責任者の置き方や管理方法に、影響が大きいです。

 しばらくは、カクヤスのラストワンマイルの物流を使いたければ、カクヤスに商品を流してもらうという形を採ります。カクヤスとしても配送収入が入るので、それはそれで悪くない。ただ、先々は整理していくのがいいかもしれません。

 いまでも、カクヤスの宅配のピークの時間帯の需要はひとまいるロジスティクスに補ってもらうなど、部分的には連携しています。以前はピークの需要もカクヤスが自前で対応していましたが、やはり結構大変でした。そこで、ひとまいるロジスティクスが配送をお願いしている個人事業主の方にその山の部分を担っていただいています。

 ただ、その際は、カクヤスのハンディ(ターミナル)の使い方やお届けの仕方をしっかりお伝えした上で、配達していただいています。

 いままでは自前にこだわってきましたが、この再編によって自前で大切にする部分はある一方で、配達、販売については(グループ内の)外部の力も使わせていただく形に変わっていこうとしています」

 物流に関しては、「他人物」を運ぶことが再編の肝であると感じる。他人物はひとSmileのように、グループ会社にした上で運ぶのか、それとも全く関係のない会社のものも運ぶのか。

 「両方あると思います。グループの販売会社のものもグループ内で運びますし、(グループ外の)他社のものも平和島流通センターに持ってきてもらえれば、次の日にはラストワンマイルの拠点に届きます。

 そこから(配達に)行けば首都圏の(東京都)23区には次の日には配達できる。この仕組みがあるので、われわれの既存のお酒の物流に新たにどのようなものが乗るのか、どういう物だと届けられたお客さまがありがたいのかというところだと思います。

 しかも、お届けだけでなく回収ができるので、例えばクリーニング(の受け渡し)ですとか、何か壊れたのですぐ直してほしいといった需要にも対応できるでしょうし、いろいろな可能性を考えるとおもしろいですね。

 他人物配送は、いったんは、いろいろな可能性を探っています。基本的にはひとまいるロジスティクスで受けるのですが、物によっては細かいところでカクヤスの物流を使った方が良いところもあるでしょう。

 ただし、どの物流会社もそうですが、採用が大変になっています。さらに(収入減に結び付く時間外労働の制限など)『2024年問題』もあって、ドライバーが『稼げない』ということで辞めてしまう方もいらっしゃるなど、余計うまく回っていないわけです。

 われわれはまだ、採用力もありますし、そういったところで困りごとを解消できるのではないかと思っています」

物流は自前で構築してきたが、今後はひとまいるロジスティクスに寄せていくなど、グループ内でそれぞれの機能の明確化を図っていく

店舗も含めた配送拠点はDXでさらに効率化

 その配送のための拠点としてはリアル店舗も大きな役割を担う。現在は小型の出荷倉庫のSS(サテライト・ステーション)を入れると全国で約250店、「なんでも酒やカクヤス」は約160店を構える。

 「われわれには、大きいチェーンストアの飲食店向けがメインの、ピンクのトラックでルート配達をする物流と、店舗やSSから、飲食店のお客さまと宅配のお客さまの両方に配達するクイックデリバリーの物流に加え、もう1つ、店頭の販売があります。

 いままで(東京都)23区を配達拠点でドミナントして、それを進化させてきているのですが、店頭については、『店頭があった方が、お客さまが来てくださるし、いいよね』という立ち位置でやっていました。ただ、それはあくまで『酒屋目線』なんですよね。

 今後、われわれが物流を軸にしてやっていこうとしたときに、店頭の在り方を改めて考えないといけないと思っています。物流を本業として強みにしていこうとしているのに、特に狭い店舗では、ある意味『たまたま近いから買う』というような部分だけを狙っていくのかという話です。

 そうだとしたら、ある拠点は、もう少し物流の倉庫としてしっかり使えるようにしていく、別の拠点では、『物は手に取って選びたい』『いつも飲んでいるウイスキーとは違うものを飲んでみたい』と思ったときに、それをお選びいただける品揃えで、知識を語れる人を配置するなど、それぞれの『機能』をちゃんと明確にしていくことが重要だと思います。

 後者は、専門店のような形になると思いますし、お酒だけじゃない商品も扱うのであれば、ショールームみたいな形もあっても良いかもしれません」

店舗は利便性をベースにした「在庫拠点のお客への開放」のような位置づけだったが、今後は品揃えを含めた「機能」の見直しを図る

 今後、現在の店舗網をどうしていくのか。

 「配達拠点としては増やしていきます。われわれのいままでの物流モデルは(東京都)23区を半径1.2kmの配達エリアで埋めてきました。運ぶものがお酒だけじゃなくなったときに、それが本当にいいのかという話もあります。もちろん、残る部分はあると思いますが、変えていく部分もおそらくあると思います」

 1店当たりの守備範囲を広げる可能性もあるということか。

 「はい。配達の出荷指示については、いまはエリアを分けて、ある場所にはA店からしか行かないようになっていて、すぐ近くに別の店舗があるにもかかわらず、例えばA店で注文があふれていても近隣のB店には伝票が上がらない。この場合、効率を考えればB店から行っても良いわけです。もしくは、A店から出て、配達して、戻りは違う拠点でも良いじゃないですか。

 こういったことが効率の最大化になると思いますので、それに向けたDXを進め、実現する仕組みを作っています。だから、そういった態勢に合わせた拠点づくりが必要ですし、それに伴う店頭は、先ほどのような形でちゃんと機能で分けていくということになります。すでにシステム化に向けて動いています。そのため、1.2kmという概念が変わるエリアが出てくると思います。

 将来、各地で公共サービスも含めて集積してくる、コンパクトシティ化が進むのだろうと思います。そのコンパクトシティの中の、細かい物流をわれわれが担わせていただけるような形に向けて、作り替えていきます。

 悔しかったのは、コロナ禍に『検査キット』などを、なぜわれわれが配れなかったのかということです。まさに、われわれがやるべきことだったと思います。普段からのつながりやお取引があれば、自治体からお話があったと思うのですが、機能があるのにやらせてもらえなかった。それがすごく悔しくて。

 もちろん、普段から(関係構築を)やっていないわれわれが悪いのですが、われわれがやれることで、自治体などにもしっかりと協働していただけるようなものを作っていく。それを進めていった先がコンパクトシティの物流なのかなと思います。最近は廃食用油回収を通じて、(東京都)北区などとのつながりが増えてきています。

 このような思いもあり、『ひとまいるの存在意義』には『地域の人々のどんな小さな願いも叶えたい』であるように、『地域の人々の』が付いているのです」

 こういった取り組み、考え方を続け、世の中に発信し続けることで、仮にどこかの地域でコンパクトシティ化が図られたときに、ひとまいるに依頼する動きにつながってくるかもしれない。その場合は、一番に思い出していただける存在になるための実績づくりと、アピールが重要になる。

 「(都市の機能が)集積していれば、われわれのモデルは生きます。将来的にはドローンでの配達なども増えてくると思いますが、おそらく最後に残るのは重量物を、本当に玄関まで持っていくというところ。そこは別ものとして残っていくと考えています」

 さらに、「人」が行くことで、お客から直接、要望を「聞く」ことができる。

 「外部の方から、なぜか『カクヤスさん』と呼ばれますよね、と言われます。(アニメのサザエさんに登場する酒屋の)『三河屋さん』の流れなのかもしれません。なかなか玄関を開けるところまでアプローチできる会社は少ないですが、さらにその中でも愛着を持っていただいて、『カクヤスさん』と言っていただけるのは誇らしく思います」

 カクヤスの配送車は鮮やかなピンク色であることが特徴だが、佐藤会長が自社のインタビューの中でサザエさんの三河屋さんが使用するバイクが途中からピンク色になったことを指摘している。カクヤスが影響を与えたかもしれないこうしたエピソードも興味深い。

 同社の「頻度高く、実際に人が訪問する」という強みは、酒だけでなくさまざまな物の配達にも活用できる上、需要を聞くなどマーケティングにも応用できるという点で、新たなビジネスの可能性を感じさせる。

 「それはあります。われわれが今回、他人物にこだわったのもその点にポイントがあります。以前からいろいろなお話がありますが、いつも他人物の許認可ところで詰まっていました。もちろん、メインのお酒の商売もあるのですが、様々な可能性を広げるためにも、やはり他人物(を配送する機能)は持っておかないと、なかなかいろんな企画に対応できないということはずっと課題でした」

 物流機能に注目しがちだが、小売業としてPBも開発している。

 「どちらかというと、いままでのPBは、一般家庭向けの、全体の3割のお客さまに向けたものが多かったので、パッケージを含め、社内でいま検討し直しています。どの層に、どういう風に手に取ってもらいたいかという最終的なシーンまで考え、一般家庭向けもやりますし、飲食店向けや一般の企業向けもやっていきたいと思っています。

 特に飲食店向けでは、今後、食に対象を広げたとき、その延長線上で調味料などもやっても良いかもしれない。特にキッチンで使うものは飲食店にいらっしゃるお客さまの目に触れないので、(品質本位で、パッケージなどについては簡素にした)PBでも良いのではないかと思います。だからここは積極的にやっていきたいと思います。一般家庭向けのところは、もう少しストーリー性を持たせるなどして、少し変えていきたいと思っています」

将来を見据え「変わる」ことを楽しむ

 物流、PB開発など、祖業の酒販店からはずいぶん事業領域が拡張している。物流機能を生かした事業展開などはまさに小売業の枠組みを超えるものといえる。

 「現在は、小売業の事業者として、お届けすることで最終的にお客さまにご満足いただけるという形になっていると思いますので、今度は酒だけでなく、それ以外のものでも、物販に限らず、ご満足いただけるサービスができるという形を目指したいですね。

 ひとまいるグループのロゴの『足』がちょっと出ているのは、『一歩前に出て、お届けしたいです』という気持ちを表しています」

ロゴマークは、「人」の文字を足に見立て、丸から飛び出す一歩が、距離を縮め歩み寄る姿勢と「人」を想ってお届けに「参ります」の向かう様を表現している

 最後に、大きな事業再編に取り組む前垣内社長に、これからもおそらく多くの変化を遂げていくであろう小売業界でどのように仕事に取り組んだら良いかを聞いてみた。

 「そうですね。われわれは『変わり続ける』ことでここまで来ていますので、『変わる』ことをいとわないでもらいたい、むしろ、『変わる』ことを楽しんでほしいなと思います。(変わることで)違う世界がどんどん見えてくるじゃないですか。私もそれで成長させていただきましたし、そのような形で仕事に向き合ってもらえると良いのではないかなと思います」

 お客と対話する中で、需要も見つかるし、変わっていく需要にも適切に対応することができる。その中で自身のビジネス、姿も変わっていく。ひとまいるグループのこれまでの歴史がまさにそれを物語っている。

 「最終的には、『どんな小さな願いも叶えたい』に帰結するのかなと思います。例えば、お客さまに対して、価格を上げないようにするためにはどうしたら良いのか、こうやったらお客さまに喜んでいただけるんじゃないか。

 そんなことをまずは、いったんコストを考えずにやってみて、それで後から考える。上場もして、社外の目もある中でなかなか難しい部分もありますが、発想はそれで行きたいと思っています。(短期の)利益管理が重視されると、どうしても現場も視野が狭くなり、つまらなくもなってきますが、もう少し大局で見たときに、『いまこれをやらないと、厳しくなってしまう。だからやろうよ』ということは、ずっと現場と会話をしながらやっていきたいと思います。

 平和島流通センターを立ち上げたときも『本当にやるのか』と判断を迫られたとき、やらないとずっと(物流の)値上げを飲まないといけなくなる。そのリスクを取るか、取らないかという話です」

 結果として、同社は自前の物流施設となる平和島流通センターを整備し、自前の物流を生かした形のビジネスをさらに発展させるフェーズに入ることができた。株式市場はどうしても、短期的な利益を求めがちだが、たとえその中にあっても、将来を見据えた投資や転換を図ることが必要な場面もあるだろう。「ゆでガエル」にならないためにも、「変わること」がいかに重要であるかを、ひとまいるグループは教えてくれる。

お役立ち資料データ

  • 2025年上半期 注目店スタディ

    これまで約30年間続いたデフレ傾向から一変し、インフレ傾向が続く2025年。値上げや人手不足の対策に追われたこの上半期ですが、引き続き注目新店は登場し続けています。今回もその中から厳選した6店舗を独自の視点でピックアップ。今回は出店背景、店舗運営、商品政策(マーチャンダイジング)について、押さえておきたいポイントをコンパクトな資料としてまとめました。引き続き、企業研究、店舗研究、商品研究の他、実際に店舗を訪問するときの参考資料としてご活用いただければ幸いです。 <掲載店舗一覧> ・ヤオコー/杉並桃井店 ・ヨークベニマル/ヨークパーク ・ヨークベニマル/ミライト⼀条店 ・サミット/サミットストア…

  • 2024年上半期 注目店スタディ

    2024年上半期も注目新店がたくさん出ました。今回はその中から厳選した6店舗を独自の視点でピックアップしました。今回もいつものとおり、企業戦略、出店背景、商品政策(マーチャンダイジング)までを拾いながら記事にまとめました。豊富な写真と共にご覧いただければ幸いです。 注目企業の最新マーチャンダイジングの他、売場づくり、店舗運営など、いまのスーパーマーケットのトレンドも知ることができる一冊となっています。企業研究、店舗研究、商品研究の他、実際に店舗を訪問するときの参考資料としてご活用いただければ幸いです。 <掲載店舗一覧> ・ライフ/ソコラ所沢店 ・ヤオコー/武蔵浦和店 ・サミットストア/ららテラ…

  • 2023年 下半期 注目店スタディ

    2023年下半期注目のスーパーマーケット7店舗を独自の視点でピックアップし、企業戦略を踏まえた上で、出店の狙い、経緯、個別の商品政策(マーチャンダイジング)まで注目点を網羅。豊富な写真と共に詳しく解説しています。 注目企業における最新のマーチャンダイジングの取り組みや、厳しい経営環境と向き合うスーパーマーケットのトレンドを知ることができ、企業研究、店舗研究、商品研究などにご活用いただけるほか、店舗を訪問するときの参考資料としてもお勧めです。 <掲載店舗一覧> ・オーケー/銀座店 ・ヨークベニマル/仙台上杉店 ・ベイシア/Foods Park 津田沼ビート店 ・ヤオコー/松戸上本郷店 ・カスミ/…