マス・カスタマイゼーションとは?メリットや課題、注目される背景などを解説
2022.11.08
2022.08.30

製造業における競争ステージが国内だけでなく海外にまで拡大したことを受けて、多様化する顧客ニーズと価格競争両方への対応が求められるようになった。このふたつの問題を解決する方法として従来の受注生産と大量生産の両方のメリットを実現でき、利益の拡大や競争力の工場にもつなげられる「マス・カスタマイゼーション」が注目されている。
この記事では、マス・カスタマイゼーションの概要やメリット、デメリット、導入に必要なものについて解説する。
目次
マス・カスタマイゼーションとは
マス・カスタマイゼーションの意味や概要を解説する。
大量生産+受注生産をかけ合わせた生産方式
マス・カスタマイゼーションとは、「大量生産(マスプロダクション)」と「受注生産(カスタマイゼーション)」のふたつをかけ合わせた生産方式だ。経験や体験を経済的な価値とするという考え方である「エクスペリエンスエコノミー(体験経済)」を提唱したジョー・パイン氏が著書「マス・カスタマイゼーション革命―リエンジニアリングが目指す革新的経営」内にて、概念として1990年代前半に提示した。
大量生産と受注生産のデメリットや課題を解決できる
大量生産、受注生産にはそれぞれ以下のようなメリット・デメリットがある。
生産方式 | メリット | デメリット |
大量生産 | ・大量仕入れで製品原価が下げられる・出荷リードタイムが短縮できる・システム化によって生産コストを下げられる | ・在庫を抱えやすい・顧客の要望に応えられないことがある・競合との差別化がはかりにくい |
受注生産 | ・顧客の要望に応じて仕様変更ができる・製品に付加価値がつく・抱える在庫が少なくなる | ・大量生産しづらい・出荷リードタイムが長くなる・コストが高くなる |
マス・カスタマイゼーションは、各顧客のニーズに最適な設計で提供する「フルカスタマイズ」ではなく、あらかじめ用意した設計を顧客側が組み合わせて選択する「マスカスタマイズ」方式によって製品にバリエーションを出すのが特徴だ。
これによって、大量生産、受注生産それぞれのメリットを活かしデメリットを解決しながら、顧客のニーズに合った製品の大量生産が実現できる。
マス・カスタマイゼーションが注目、推進されることとなった背景

マス・カスタマイゼーションは1990年代前半には概念として登場していたものの、当時すぐにメーカーの新しい手法として取り入れられたわけではない。マス・カスタマイゼーションの注目や推進につながった要素や背景を解説する。
顧客ニーズの多様化による市場競争の激化
元々日本の製造業は顧客や市場からの高い要求水準に応えることで、高い品質を保ってきた。「日本のものづくり」は海外からも高い評価を受けてきたが、近年の経済のデジタル化によって顧客のニーズは多様化するようになる。
たとえばECサイトが登場したことで、時と場所を選ばずものの売買が可能となった。越境ECも活発化していることから、日本の製造業も国内だけでなく海外企業との競争も激しくなっている。
従来の大量生産によるコスト削減と利益拡大による手法では、市場競争に勝てない。顧客のニーズを充足するニッチ戦略による販売機会の創出に戦略を切り替えるためにマス・カスタマイゼーションが取り入れられるようになった。
製品ライフサイクルの短縮化への対応
市場のトレンドのサイクルが短縮化しており、新しい製品を出荷しても短期間で市場が成熟してしまう。その結果価格競争が激しくなって、大量生産したものは売れ残りから大量の在庫となることもある。
マス・カスタマイゼーションを取り入れることで顧客の持つそれぞれのニーズを充足しつつ大量生産が実現できるため、短縮化した製品ライフサイクルにも対応できる製造システムが構築できるだろう。
ITソリューションの進化
1990年代前半に登場したマス・カスタマイゼーションが2022年現在の製造業の手法として推進された背景にあるのが、ITソリューションの進化だ。当時はコストや納期の面からマス・カスタマイゼーションを実現できるスキルや技術を持つメーカーは一握りだった。
しかしIT技術が進歩したことで、どんなメーカーでも顧客ニーズの把握、設計、製造を自動化して円滑な出荷を実現できるようになった。
DX(デジタルトランスフォーメーション)やスマートファクトリーを導入するメーカーが増えたことも、マス・カスタマイゼーションの導入拡大の一因となっている。
マス・カスタマイゼーションのメリット

大量生産と受注生産のハイブリッドともいえるマス・カスタマイゼーションには多くのメリットがある。
・原価の低減
マス・カスタマイゼーションは大量生産と同等の生産性を維持できるため、材料や原料を大量仕入れすることで、製品の原価を下げられるメリットがある。
納期の短縮
大量生産と同じく出荷までのリードタイムを短くできるため、顧客へ提示できる納期も短くできる。「仕様に要望を反映しながらも、できるだけ早く製品がほしい」というニーズにも応えられる。
生産コストの低減
マス・カスタマイゼーションが推進された背景には、DXやスマートファクトリーの拡大がある。IoTやセンシングなどの技術を取り入れることで生産工程を自動化できるため、顧客ニーズを取り入れたカスタマイズを実現しながらも、システム化による生産コストの低減も見込める。
顧客ニーズにこまかく応えられる
マス・カスタマイゼーションは受注時に顧客のニーズによって都度仕様を変更して製造するフルカスタマイズ方式ではなく、あらかじめ定められた仕様から顧客の要望に応じて選び、仕様を変更するマスカスタマイズ方式を採用している。
用意する部品や仕様などを増やせば多くの顧客ニーズを充足できるだけでなく、受注時にスピーディに顧客の要望を受けることもできる。
カスタマイズによる付加価値が得られる
カスタマイズによって仕様変更された製品は、一般的な製品よりも付加価値が得られる。消費者は、買い物から「購入商品の価値」「獲得情報」「楽しい経験」の3つの利益を得るといわれている。カスタマイズによる付加価値は、これら3つの利益にも大きなプラスの影響を与える。
カスタマイズによる3つの利益への付加価値には、以下のものがある。
・サイズや好みの素材など機能的な要素がカスタマイズした商品の魅力や機能性を向上させる
・カスタマイズにあたって自分の要望を正確に伝えなければいけないため、一般的な製品を購入するよりも獲得時の情報収集量が多くなる
・消費者自らが情報収集や商品開発に携わることは、楽しい購入体験につながる
近年では「ものを所有すること」だけでなく、「ものの機能」や「ものを通じての購入体験」も製品の価値として認識されるようになったため、マス・カスタマイゼーションは大きな付加価値を与えるうえでも有効な手法だ。
必要以上に在庫を抱えることがなくなる
マス・カスタマイゼーションは、短縮化する市場の製品ライフサイクルにも対応できる。トレンドが大きく影響するためライフサイクルが短いアパレル製品なども、マス・カスタマイゼーションを取り入れることで売れ残りや過剰在庫を防げるだろう。
マス・カスタマイゼーションのデメリット
大量生産と受注生産両方のメリットが得られるマス・カスタマイゼーションだが、デメリットもある。導入前にふまえておきたいマス・カスタマイゼーションのデメリットを解説する。
新しい生産システムの構築が必要
マス・カスタマイゼーションに対応するためには、以下のような新しいシステムや仕組みの構築が必要となる。
・スピーディで正確な受注処理
・受注内容の生産計画への反映
・仕入れリードタイムを短縮するための仕組み
サプライチェーン刷新や新しいシステムや機器の導入が必要なため、初期のコストがかかる。さらに新しいシステムや仕組みに順応するために従業員への業務負担が大きくなる点がデメリットだ。
顧客のニーズがつかみにくくなる
製品をカスタマイズできるようになると、顧客の選択肢が増える。今までカスタマイズを導入していなかったメーカーがマス・カスタマイゼーションを導入しようとすると、顧客のニーズが把握できないという課題にぶつかることになる。市場のトレンド予測も困難になるため、ニーズやトレンドを分析するための仕組みが必要となるだろう。
完全なカスタマイズには対応できない
マス・カスタマイゼーションはあらかじめ製品の基礎となる部品や仕様をいくつかそろえておき、顧客のニーズに合わせて組み合わせることでカスタマイズを実現する方法だ。
そのため、受注生産と同じフルカスタマイズには対応できない。フルカスタマイズに対応すると、大量生産ができなくなり、マス・カスタマイゼーションの「大量生産ができる」メリットを失うことになる。
自社に合う生産方式や顧客に提供したいサービスを踏まえたうえで、マス・カスタマイゼーションの導入を検討するのが重要だ。
マス・カスタマイゼーションの実現に必要なもの

マス・カスタマイゼーションの実現に必要なものを解説する。
多品種少量生産の実現を可能とする技術
もともと多品種少数生産は、大量生産よりも多くの手間とコストが発生する。マス・カスタマイゼーションは大量生産と同等以下のコストで効率的に多品種を少数生産しなければいけない。従来大量生産のみを行っていたメーカーがマス・カスタマイゼーションを導入する場合、受注と見積もり、生産を顧客ごとに対応する必要が生まれるだろう。
受注生産の選択肢がなかったメーカーがマス・カスタマイゼーションを実現するには、以下のようなIT技術を取り入れるのが有効だ。
・ECサイト
・産業用ロボット
人力で行うべき工程をIT技術が担ってくれるため、工程増加による手間や負担の解消や、製品の多様化による各工程でのヒューマンエラー防止にもつなげられる。IT技術を導入することで、中小企業のメーカーでもマス・カスタマイゼーションの実現が現実的になる。
顧客ニーズのデータ化
マス・カスタマイゼーションにて受注した製品を設計するにあたり、顧客ニーズのデータ化が必要だ。顧客ニーズのデータ化に必要な手法や機器には以下のものがある。
・ジェネレーティブデザイン
・3Dプリンターやレーザー
ジェネレーティブデザインとは、顧客側が好みをデザインに反映できる提案方法だ。すでにニーズを取り入れたデザインを提案するため、メーカー側で顧客ニーズを探る手間がなくなる。製造工程では、顧客ニーズのデータを反映するための3Dプリンターやレーザーなどの機器も必要となる。
生産管理の統合と各システムの連携
顧客ニーズがそれぞれで異なる製品の大量生産に対応するには、生産管理の統合と各システムの連携が必須となる。たとえば、現実の工場のデジタル上で再現できるデジタルツインの技術を取り入れることで、生産管理体制が各システムと連携できるようになるだろう。
マス・カスタマイゼーションの導入方法として、IT技術や設備を活用したスマートファクトリーの構築も選択肢のひとつとなる。
スマートファクトリーはIT技術により生産の自動化や無人化、知能化による生産性の向上、データによる生産の可視化を実現できる。IoTやセンシングの技術を取り入れることでつねに生産工程や工場内のデータを取得、蓄積するため品質の管理にも貢献できるだろう。
マス・カスタマイゼーションまとめ
マス・カスタマイゼーションの概要やメリット、デメリット、導入に必要なものを解説した。マス・カスタマイゼーションは製品や商品へ新しい付加価値を提供できる手法であり、製造業をはじめ多くの業種への活用が期待できる。マス・カスタマイゼーションの導入を検討し、利益や企業としての競争力の向上へつなげよう。