「『商売人』として、あくまで『かっこよく』」 八百鮮 市原敬久社長

2025.06.02

大手と差別化するために「商売人」の原点に戻る

 漆黒の画面に現れる「日本に、鮮度を。」の筆文字。大阪と兵庫、そして名古屋の人口密集地にスーパーマーケット(SM)を10店展開している八百鮮のホームページのトップ画面である。日常の食というベーシックな商材を取り扱うこともあって、明るく、やわらかい雰囲気のホームページがほとんどのSMとしては異例のホームページといえる。

 店舗の担当者が市場から商品を仕入れ、販売するスタイルで生鮮食品主体の商売を実践しているが、一方で同社は小売業グループとして日本屈指の企業規模を誇るバローグループの一員でもある。2010年の創業は、老舗が多いスーパーマーケット(SM)としてはかなり新しい企業といえる。創業者でもある市原敬久(いちはら・たかひさ)社長に「なぜ、SMなのか」「なぜ、市場仕入れなのか」といった素朴な疑問から、現状と経営に対する考え方、さらに長期戦略までじっくり聞いた。

 「モノを仕入れて、それを求める人に販売する。それを基本的に同じ人が行う」。八百鮮の商売は非常にシンプルである。小売業の原点ともいえるが、小売業が大規模化、産業化する中で分業が発生し、さらにそれが高度に発達したことで、企業体として八百鮮のようなやり方を採用している企業はほとんどなくなっている。

 「行き当たりばったり」の経営から、より「計画」を重視した経営へのシフトである。それは当然の成り行きのようにも思えるが、一方で計画を重視する方向に向かうと、組織が臨機応変に対応する能力が失われてしまいがちであることもまた、確かだろう。その意味では八百鮮はその「臨機応変の対応力」を組織として重視しているともいえる。

 個店としてはそのような店もそれなりに存在すると思われるが、八百鮮は2桁の店数を持つ点で独特の存在感を放っている。直近の業績はどのような状況だろうか。

 「(前期である2024年度の)売上は25年3月末締めで82億円。その前の期が59億円だったので、1期で約23億円の増収、売上としては好調です。前期は3店舗をオープンしたことに加え、既存店が110%ぐらい伸び、新店を合わせると140%ぐらいの伸びになりました。それが増収の23億円につながっています。

 利益面では、3店舗オープンしたイニシャルコストが結構かかっているので、経常利益としては低くなっていますが、その前の期は経常利益で3%ぐらいでしたので、今期もそれぐらいは出るかなと思っています。前期はちょっと厳しかったのですが、理由が明確なので、その辺りは問題ないと思っています。

 既存店の営業利益率は結構ばらつきがあります。1番上だと9.5%ぐらいの店から、1番下は0.5%ぐらいの店もあります。これはエリアによりますが、赤字の店がないのが特徴といえます。いま10店舗ありますが、全店が黒字であることが特徴になっています。原価、人件費、エネルギーの高騰は3本柱で結構厳しく響いていますが、売上が伸びているので、吸収はできている感じです」

 日々の仕入れ、販売はどのように行われているのか。

 「仕入れ、売価の決定権は全て店長もしくはチーフ、つまり、現場にあります。当社には本部のバイヤーがいません。全部門、現場で決まっているんです。今日、幾らで仕入れたから(売価を)幾らにするということを、その日の朝に決めるといったような形です。

 さらに、本部に個別のデータなどを報告することもありません。最終の(利益の)数値だけです。1品ごとの管理もしていません。単純に売買差益で管理しているだけです。『今日幾ら儲かった』みたいな」

 八百鮮は自らの商売のスタイルをしばしば「型破り」と称する。ある種、多くの小売企業が成長の過程で仕組み化、あるいは分業を図りながら、「やめてきた」方法をあえて採用している。なぜ、このようなスタイルを採用したのか。

 「1番目は、やはり大手との差別化を図っていくために、通り一辺倒の仕入れからの脱却をしなければいけないということ。普通のスーパーを造っても、もうはやらないと思うんですよね。そこでやはり『仕入れから』ということで、特殊な仕入れの態勢を築いていかなければいけないと考えました。

 尖った仕入れの仕組みを作ろうと思ったときに、バイヤー制をやめて超属人的な仕入れの仕組みを持つことによって、おもしろい商品が毎日集まってくると考えました。(卸売)市場に行くと、本当に宝探しのように『こんな商品もある』『今日、これが非常に安くなっている』といった情報がいっぱいあるんです。それを上手に拾って仕入れをすることによって、おもしろい売場が完成すると。その差別化戦略のためにやったというのが1つ。

 もう1つは、やはり『商売人』が、商売人ではなくなっていってしまっていることへの危機感みたいなものがありました。いまは、例えばSMに就職すると、バイヤーが(店舗に対して)『幾らで売ってくれ』『何ケースは取ってくれ』みたいなことになっていて、店舗はそれをそつなくこなして、売っていくことによって評価されます。

 『これはもはや商売ではないのではないか』と思いました。商売で1番おもしろいのは、やはり何を仕入れて、幾らで売るのかというマーケティングの部分にあるのに、マーケティングを全部、本部が持ってしまうので、『一向に現場が育たないのではないか』と思ったのです。

 僕らには『八百屋を、日本一かっこよく。』というビジョンがありますが、このビジョンの下で、とにかく商売のおもしろさを伝えるという切り口に立って、やり方を考えました。それで、『仕入れから自分たちでやってみようぜ』という形で、マーケティングの全てを自分たちで考えてやっていくことで、おもしろい業界に変えていきたいと思いました。この両側面ですね。

 小売業ではよく『売上と利益を挙げなさい』と言いますが、それではそれは『何のために』ということになったとき『ビジョン』が非常に重要になると思います。だから、『かっこいい会社になるために、かっこいい業界に変えるためには原資が必要で、そのためには売上、利益がこれぐらい必要』というリンクを張るようにしています。

 これが『売上と利益を挙げなさい』だけになりがちじゃないですか。『何のために』というところを僕はやりたいんです。そこをリンクさせたい。それは、長い目で見るとそれによって採用の質が良くなることにつながります。言っていることとやっていることが一致していることが、やはり働く人にとってはすごい魅力になります。

 かっこいいことを言っていて、入社してみたら『とにかく利益だ』と言われたりする。そうであれば『利益至上主義』というビジョンにすべきでしょう。だから、そうならないように、気を付けてやっています」

1泊2日の合宿方式で研修を実施している。市原社長が定めたビジョンをベースとしながら、「なぜ、お客が来店するのか」「10年後どうなりたいか」といったことを各自が「考える」内容

 差別化のために仕入れと販売を結び付けるモデルを採用した結果、例えばお客の声を翌日に反映できたりする。まさに商売の原点といえるが、これはチェーンストアではなかなかできない。

 「機動力はすごく大事で、その証拠として、料理人、飲食店のオーナーの仕入れがすごく多いことがあります。『明日、マグロ3kgお願い』といった形で、いま売上の15%~20%を占めるので大きいです。僕らは毎日、市場に行っているので、『明日、○○が欲しい』と言われたら、翌日、ちゃんと仕入れられる」

「八百屋は商売の原点」との言葉と出会い、タチヤへ

 そもそも、2010年にあえて伝統的な産業であるSMを創業しようと考えたことは特筆すべきことだ。時代的には起業といえばデジタル関連やコンサルティング、あるいはその組み合わせといったものがはやる中、あえてSMに挑んだ意図は。

 「営業マンから(バローグループのSM企業)タチヤに転職しました。タチヤに入ったのは仕入れから(自分で)できるからです。厳密に言うと、当初は社長になりたい、起業したいという夢があったのですが、どの業界で社長になっていいのかがつかめない状態でした。それでビジネスを学びたいと考えてネットで『ビジネスの原点』といった言葉で検索をかけたところ、『八百屋は商売の原点である』という言葉を見つけました。

 そこには、とにかくどんな仕事でも、モノを仕入れて売る、それがモノであろうが、情報であろうが、それができない限り通用しないといったことが書いてありました。それで、モノを仕入れて売ることを自分で体現したいと考えて検索をしていったところ、タチヤに行き着きました。

 それで、商売の原点を学ぼうと思って入ったタチヤの仕事が、もうおもしろくてしょうがなかったです。いつか自分の店を持ちたいと思うようになっていったのですが、それがいつの間にか起業への道に変わっていきました。

 タチヤには5年ぐらいいて、仕入れもやりながら、最終的には副店長的な役職にもなりました。それでも、どうしても自分の店がやりたいということで辞め、大阪で(自分の店を)始めました。それが野田店(大阪市福島区)です」

 SMを起業する原点には、タチヤでの経験があった。現在はバローグループの一員になっているが、もともと仕入れと販売が直結した「生鮮、特に青果の強い企業」として存在感を放っていた。そして、バローグループ入り後は、同グループの生鮮の商売のレベルアップに大いに貢献している。

 開業後の野田店はどのような経緯をたどったのか。

 「別に当初から八百屋だけに絞るつもりはなかったのですが、当初は元手が50万円ほどと、とにかくお金がなかった。八百屋は(創業の2010年当時)、営業の許可がいらなかったこともあって(21年6月1日の食品衛生法の改正以降、『野菜果物販売業』も食品衛生法の要届出業種となったため、現在では届け出が必要)、一番お金をかけずにできるということで、まずは八百屋を始めました。

 魚や肉を販売しようと思うと食品衛生管理の保健所の許可が必要ですが、野菜と果物に関しては(当時)いらなかったので、低資本で始めようと思ったら、八百屋からスタートするしかない状況でした。いつかお金が貯まって、魚や肉も販売できればいいなとは思っていました。仲間と3人で創業しましたが、市場に買い付けに行く人と、農家に直接買い付けに行く人と役割分担をして仕入れていました。

 最初は15坪ぐらいで始めましたが、全然売れませんでした。(1日)25万円売る事業計画で始めたのですが、実際には5万円ぐらいしか売れず、『こんなに売れないんだ』と思ってびっくりしたものです。本当に悪循環でした。仕入れたものが売り切れず、残るので鮮度が落ちて、より安く売らないといけないことになる。それで安く売ると、今度は『良くない商品なのではないか』と怪しまれてしまう。そんなスタートでした。

 そのとき気付いたのが、とにかく信用がないということ。信用がないことに打ちひしがれました。どこよりも安く売っているのに売れない。これはやはり信用がないんだなと思って、信用を付けないといけないと思いました。それで、『とにかく安売り』ではなく、良いものを置こうと、考えを切り替えました。

 野田店は商店街の中にあって、ちょうど超高級スーパーと超激安スーパーの間に挟まれていました。最初は超激安スーパーの価格の下をくぐることをテーマにやっていましたが、売れなかったわけです。それで超高級スーパーに置いてある商品をとにかくまねして、20%安く売るのと、青いざるをいっぱい買ってきてトマトなどを全部ざるに盛って1盛り200円とか300円で売るようにしました。ちょっと昭和の(レトロの)イメージですね。

 これにはポイントがありまして、(ざるに)『盛る』ことによって、お客さまが買おうかなと思ったときに、レジに持っていく間に『袋に入れる』作業が必要になります。その瞬間がチャンスと考え、『よろしければ袋にお入れしましょうか』と声をかけるようにしました。そこで接点が生まれ、『このトマトはこんなにおいしいんですよ』とか、『僕らはこんな思いで商売をしていて、この商店街を盛り上げたいんですよ』といったように、しゃべることによってリピーターを増やそうとしました。ファンづくりです。

 だから、(超高級スーパーと同等の商品を)『20%安』プラス、『何かおもしろい人たちが始めた八百屋さん』みたいなことで集客をしていったわけです。それで半年後ぐらいには5万円だった(1日の)売上が20万円ぐらいになりました。20万円を超えてからは結構早くて、2年後には60万円ぐらい売っていました。

 ちなみに野田店ではオープン3カ月後ぐらいから魚も販売していました。5万円だった売上が15万円ぐらいになったときですが、『魚もやらないと売上が取れない』ということで始めました。当時はまだ大赤字で、そもそも(超高級スーパーと同等の商品を)20%安で売っていますので、粗利が12、13%ぐらいしかなく、家賃も払えないような状況でした。それで魚もやらないと経営として成り立たないという感じでした。

 最初は塩サバや干物など最低限のものだけをそろえて始めました。僕はタチヤ時代、水産部門でしたので、僕が魚を始めましたが、それでも独学で結構、勉強しました。本当に試行錯誤でした。ただ、なぜか魚がよく売れました。当初は八百屋で何とか生計を立てようと思っていたのですが、同じくらい魚も売れました。60万円の売上に到達したのは魚の力が大きかったです。

 最初は個人事業主で『八百屋マンマーケット』という屋号で始め、1年後の11年12月1日、(1日)20万~30万円ぐらい売れるようになっていたころに株式会社八百鮮に改組しました。『八百鮮』は『八百屋』と『鮮魚』を組み合わせたものです。

 精肉は名古屋出店のタイミング(15年11月13日に名古屋市昭和区に川原通店を出店)なので、創業してから5年経ったころから始めました。いまは1号店の野田店を含め全店に精肉売場があります」

創業当初は想定したように売上が立たない日々が続き、試行錯誤を繰り返した

SNS、ウェブサイトは、あくまで採用のため

 まさに創業時の試行錯誤の様子が生々しく伝わってくる。その後、事業は拡大していくことになるが、現在、ビジョンとして掲げる「八百屋を、日本一かっこよく。」は、どのような過程で生まれてきたものなのか。

 「1番は採用に悩み続けてきたことです。15年間、経営人生を歩んできましたが、採用は非常に難しいです。小売業界は本当に人気がなく、特に僕らみたいに名もなき会社、それこそ15坪の小さな八百屋が『いっしょに働きませんか』と求人を出しても誰も来ないわけです。

 やっている僕らはめちゃくちゃおもしろいと思いながらやっていて、実際、売上も伸びていました。『このおもしろさは世に伝わってないんだな』と思いましたし、『モノを仕入れて売る、このおもしろさを伝えたい』という気持ちがありました。やはり、業界に『かっこよい』イメージがない。『おもしろそうだ』というイメージがそもそもない。

 大手企業のホームページを見ても、非常に公共性が強いという印象を受けました。とにかく『お客さまを第1に』みたいな感じでしたが、僕はそれにすごく違和感がありました。『そんなことをやっているから人気がなくなっていくんじゃないか』という思いがありました。

 それで、『業界のイメージを変えないといけない』ということで、『八百屋を日本一かっこいい業界にしていこう』と、業界を変えることに取り組みました。まずは働き方から手を付けました。日曜日を定休日にする、祝日にも休む、(午後)6時閉店にするといった形で、『サービス業だって休んでいいんだよ』ということで、業界の概念を変えていく取り組みだとか、帽子を作ったり、前掛けを作ったり、ユニホームも毎年かっこよいものを作ったり、あとはYouTubeなどのSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)をやったり、サイトをかっこよくしたり」

 市場での仕入れを活用しているからこそ、市場が休みの日を休日にできる。また、鮮度重視の売り切りを重視しているからこそ、営業時間も限定しやすい。特徴的な商売の仕方を採用していることが奏功しているともいえる。

 また、SNSやウェブサイトといえば、小売業は集客などに活用することが多いが、同社の場合、あくまで採用のためだけに活用していることに特徴がある。

 「採用のためだけです。もともと(店舗周辺のお客を対象に)チラシを打たずに集客をしてきました。集客は口コミで十分できるということで、情報発信に関してはあくまで働きたい人を増やすためにやっています。SNS、ホームページも全部、人を採るための戦略としてやっています」

 お客はあくまで足元商圏がメインのため、特別に情報発信をしなくても集客できるが、採用については逆に広く情報発信して募集するというのは合理的にも映る。さまざまな人が集まってきそうだが、業界の経験者、あるいは未経験者という点ではどのような状況だろうか。

 「いまは半々ぐらいですかね。全く業界に関係のない人もいますが、経験のある人も最近は増えています。『おもしろいスーパーが大阪にできたぞ』ということで、『どうせ転職するなら八百鮮に』といった人もいます。

 入社後の研修はなく、全部OJTで学ぶ形です。大手など同業種から転職してくる人は、八百鮮のカルチャーに合わなくて辞める人も多いです。そもそも特売を組まない。その日、市場に行ってきたトラックを開けるまで何が入っているのかが分からない。『これでどうやってオペレーションを組むんですか』となってしまう。

 全く計画を立てられないので、逆に言えばすごく臨機応変力が問われるわけです。計画的に特売を組んでやってきたスーパーマーケットから転職して来ると、『意味が分からない』と。『よくこんなやり方で80億円の商売が成立しますね』というわけです」

 仕入れに行く人は自分で仕入れるため、すんなり販売もできるが、仕入れにかかわらない売場の担当者段階だとトラックが到着して初めて、商品が何であり、幾つあるのかを知ることになる。その意味では売場の担当者にはまさに臨機応変な対応が求められる。

 「その点では、採用ではカルチャーフィットする人を選ぶようにしていまし、評価にもすごく時間をかけています。

 評価は『かっこよい仕事をする』と評価が上がる仕組みになっていまして、『かっこよいマインド』にフィットしているかなど3軸で評価をしています。まず、『かっこよい』の定義である『愛される』『憧れられる』『尖る』のマインドにフィットしているか。2つ目は包丁などの現場での能力、3つ目は売上と利益です。売上、利益は例えば野田店の青果、鮮魚、精肉といったように、チームで評価しています。

 何を仕入れて、幾らで売るかが移譲されているので、人によってかなり差が出ます。売上がめちゃくちゃ上がる店もありますし、逆にめちゃくちゃ下がることもあります。これは属人化の宿命ですね。売上については、良く上げたから評価も上がるということで、結構直結する部分ですね。

 トレンドとしては、平準化や自動化が省人化の流れでスーパーマーケットのトレンドになっていますが、僕らは平準化できないですし、しないです。オペレーションも自動化できないような仕組みになっているので、そこが逆張りの要素になっています。

 ただ、実際は売上と利益の評価はウエートでは20%だけで、あとは上手に仕入れができているかとか、かっこよい仕事ができているかといったことが残りの80%を占めます。評価者は店長たちです。仕組み化されればされるほど、評価も通り一辺倒になってしまうと思いますが、僕らは個性をどう評価するかに注力しています。

 組織が大きくなればなるほど、現場が育たないというしがらみが生まれると思います。支持を待つだけで、考えない現場が生まれ、例えば『店舗の利益を上げましょう』となったときにどうして良いのか分からないといったことが起こります。できることとしては、見切りの数を減らす、発注数を的確にするといった戦いしかできないですが、そもそも『商品の仕入れが悪いのではないか』ということにまで思考としてたどり着かない。

 僕は、これをちゃんと『商売』に変えたいと思ってやっています。だから仕入れを店舗に移譲していかないといけない。考える現場を作ろうと思ってやっています。組織力、規模感では大手には絶対に勝てないですが、個人対個人では『割とやるぞ』みたいな、そういう戦い方をしたいと思っています」

「かっこよく」にこだわることから派生して、さまざまな局面で「従業委が主役」となる取り組みを実践。仕入れは市場だが、イベントとして産地を訪問なども実施、生産者とコミュニケーションを図り、さらにその模様を撮影し、カレンダーにしている

「商売のやり方」を水平展開することで成長目指す

 一方で、21年10月には大手小売業グループのバローグループの傘下に入った。市原社長がもともと同グループのタチヤの出身ということも関係しているが、やはり取引における信用面や出店投資のための資金調達など、大手グループ入りには大きなメリットがあったことも事実だという。また、地盤の東海から関西に出店を進めるバローホールディングスとしても小規模ながら関西に根を張る同社をグループ化する意義は大きかった。

 かつて市原社長自身が修行したタチヤと兄弟会社になったが、現在は八百鮮もタチヤの地盤である名古屋にも出店している。その意図はどこにあるのか。

 「タチヤは車での来店がメインの商売です。八百鮮もやり方はいっしょですが、僕らが狙ったのはとにかく『都市型の生鮮スーパー』、いかに狭小地でたくさん売るかに挑戦しています。

 都市型の小さなスーパーはありますが、果たしてそれが生鮮に特化しているかと言えば、やはりそうではない。駅前や都市部の人口密集地にコンビニが進化したようなスーパーはありますが、それでは八百鮮のようなやり方の店があるかと言えばない。

 ポジショニングとしても、八百鮮は都市型の狭小地戦略を採ることによってすみ分けしていく。タチヤの商売のまねをして始めましたが、出店戦略は全然、違います。八百鮮の場合、名古屋では駅前、住宅地、商店街などで、そこでタチヤと差別化を図っていこうと思っています」

高い売上を誇る八百鮮空堀店(大阪市中央区)。商店街の中で駐車場を設けない店舗運営はタチヤと異なる考え方

 創業から15年ほど。大手グループ入りもした現在、成長戦略をどう描く。

 「いま10店舗で、5年で15店舗にするという計画でやっているので、1年に1店舗のペースですが、おそらくもっと増えると思います。これは最低のラインだと思います。(親会社の)バローホールディングスが関西を攻めているので、それに伴って増える可能性があります。前期3店舗出店できたので、もっと出店できるのではないかという声もあります。

 特に採用は、1店舗出店するのに社員が大体15人、パート(タイマー)も大体15人で、大体30人ぐらいのチームで動くので肝になります。それでも、採用はいま結構うまくいっています。

 特にYouTubeの影響が大きいですね。他企業には『こんな商品がありますよ』といったYouTubeの公式アカウントは結構あるのですが、採用に特化したものは多分、業界では八百鮮が初ではないかと思いますし、数も少ないと思います。それで問い合わせをいただくことが多いです」

 市原社長は、「生鮮スーパーたこ一」の店名で9店を展開するヤマタ(現在の本部は八百鮮と同じ大阪府吹田市)の社長も務める。同社も八百鮮に続く形で、21年11月にバローホールディングス入りしている。

 「バローが関西を攻める際の足がかりとして2社を買収して、地域密着型のスーパーを運営していくということでした。当時、両社共年商50億円ぐらいで、合わせると100億円ぐらいといった形でした。

 ヤマタの店は八百鮮と似ていますが、八百鮮より少し大きく100坪ぐらいで、駅前や街中に店があります。たまたまですが、『よくこんなに似たスーパーがあったな』『それをバローもよく見つけてきたな』と思いました。運営も、市場が違うだけで、現場の人が仕入れをするという特殊なやり方は八百鮮と同じでした。だから、違和感なくできています。『八百鮮だけだろう』と思っていた戦略ですが、全く同じ戦略ですでにやっている企業があったということですね。

 社長兼任に際しては、(会社を)いっしょするという話もあったのですが、僕は『競い合った方がいい』と思いました。たまたまこんなに似たやり方でやっているのだから、競い合った方がうまくいくのではないかと。また、やり方はいっしょですが、やはりそれぞれ文化が違うこともあって、いっしょにしたくないなという思いもありました。

 『競い合う』ということは、経営において大事なことだと思っているので、あえていっしょにせずに、『別々にやらせてください』と言って、2社の社長を兼任しています。

 ヤマタは『関西一強いスーパーになる』というビジョンを掲げていますが、これは僕が作りました(笑い)。(八百鮮の)『かっこよい』のヤマタバージョンとしての『強い』です」

 その意味では市原社長としては2社19店を管轄していることになる。同じ大阪に根を張る2社だが、そのバランスについてはどう考えるのか。

 「2社は多少、競合する店もありますが、基本的は競合していません。出店の物件はいまは僕が両社分について決めています。両社のお店は少し異なり、八百鮮は青果が強く、売上高構成比の40%ぐらいが野菜と果物ですが、ヤマタは鮮魚が強く、売上高構成比の45%ぐらいが鮮魚です。野菜に強い八百鮮と魚に強いたこ一があるので、あと肉を手に入れれば、完成します(笑い)。

 売場面積は100坪以内ですが、面積自体は物件によります。街中、駅前、商店街みたいなところで探していますが、『売場効率日本一』を目指していて、いま1坪当たりの年間売上高が平均1400万円ぐらいあるのですが、これを崩さないためには、やはり小さい店でたくさん売ることから外れたくないと思っています。それが存在価値だと思っているので、あまり大きい店はやりません。

 面積、アイテム数などばらばらですが、青果、鮮魚、精肉を入れるのと、売上げの10~15%ぐらいですが、加工食品の洋日配、和日配、グロサリーを問屋さんから仕入れています。売上高構成比では、八百鮮の場合、青果が約40%、鮮魚が約25%、精肉も約25%で残りが加工食品。ヤマタはこのうちの青果と鮮魚が逆になる感じです。

 (半径)2km商圏を見ていまして、大体8万世帯ぐらいが(出店基準の)ラインかなと。人口はあまり見ていないですね。(昼間人口の)ビジネスマンが多い立地だとあまり良くはないですね」

 2社の将来の姿はどのようなものになっていくか。

 「両社同じように出店をしていって、5年ぐらいの目標として(売上高)300億円をまず作りたいですね。M&A(合併・買収)については、バローホールディングス自体が動いているので、八百鮮、ヤマタ連合に加わることはあるかもしれません。実際、前期の3店はバローホールディングスがトーホーストアの店を買収して、それを事業転換したものです(この他に、ヤマタもトーホーストアの2店を事業転換している)」

 一方で、ホームセンターの一部スペースにスーパーマーケットが出店する事例は比較的古くからあり、かつホームセンターなど大型店が販売効率の低下などからスペースを持て余す例は今後さらに増えていきそうな状況がある。

 バローとしてはこうした背景も受け、この4月にスーパーマーケットバロー稲沢平和店(愛知県稲沢市)をグループのホームセンター内にオープンし、手応えを得ている。八百鮮などがバローグループの店と組む可能性はあるのだろうか。

 「何ら確定はしていませんが、ホームセンターバローやVドラッグといっしょにやりませんかといったグループ内誘致のような話はあります」

 型破りな経営スタイルでありながら、巨大小売グループにとっても重要なコンテンツとなっている八百鮮。これからの成長が注目されるが、市原社長が日々、重視している数値はどのようなものか。

 「坪効率を気にしていますが、売買差益は毎日確認しています。日によってぶれるのですが、いまは23%ぐらいを目標として、1週間単位ぐらいでそれぐらいに落ち着くように指示はしています。それで販売管理費が20%を下回っていれば単純に経常利益が3%ぐらい出るので、そこは見ています」

 市場からの仕入れを活用した超属人的な商売を実践し、じわじわと店舗数を拡大している市原社長。最終的な目標はどのようなものか。

 「(超属人的な商売のような)再現性がないものに対して、採用や評価の仕組みを作ることによって、『再現性のある属人化』に挑戦しているような感じです。そこで戦っているみたいな」

 市場からの仕入れによる日々の商売ということでは、多店化という意味では展開エリア、および売上にも制約があるようにも見える。現在は高い成長率を達成しているが、今後、企業規模の拡大を含め、企業の継続性という点ではこの点がネックになってくると考えられる。市原社長の長期的な見通しは。

 「市場からの仕入れは、(店数が増えると)社内での取り合いのようになってしまってスケールデメリットのような状況になってしまう可能性があります。だから僕は、(都市圏ごとの塊で見たとき)1拠点300億円ぐらいが、一番社内競争が生まれず、うまくこなせる規模だと思います。だからこれを大阪、名古屋、東京、福岡といった形で展開していけば、もっと大きな1000億円、2000億円が生まれるのではないかと思います。

 『大阪で仕入れができているから、大阪からモノを運べる範囲でやる』となると、普通のスーパーになってしまう。仕入れから、そのエリアの市場を使って300億円を達成するというスキームがおもしろいのではないかと。

 その際のポイントはやはり人口密度になります。いかに小さな店でたくさん売るかが重要だと思います」

 「商品や店舗を水平展開」するのではなく、「商売のやり方を水平展開」するという考え方ともいえる。それは従来のチェーンストアへのアンチテーゼともいえ、チェーンストアがなかなか踏み込めない「地域密着」「個店対応」の店舗を商売のやり方の移植によってチェーン化する挑戦ともいえるものだ。

類似した商売の形の2社のトップを務める。あえて合併せず、それぞれが競う合うことによる効果を期待する。将来的には「異なる地域」で、各企業が競争する組織体になっていることを想定する

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