流通・小売業 / 消費財製造業 / 総合商社さま向け AIトランスフォーメーションセミナー採録
2024.11.19
AI(人口知能)テクノロジーの普及により、流通業界でもDX(デジタルトランスフォーメーション)の促進がますます重要性を増しています。EC(電子商取引)の進化やインフレ、人手不足、顧客・従業員双方におけるデータ活用など、ビジネスを取り巻く課題にいち早く取り組むことが求められています。
マイクロソフトでは流通・小売業 / 消費財製造業 / 総合商社のお客さまに向けたセミナーを開催。AIトランスフォーメーションによる変革の可能性について事例を交えてお伝えしました。セミナーの模様をダイジェストとしてお届けします。
目次
ご挨拶
日本マイクロソフト株式会社 執行役員 常務 エンタープライズサービス事業部長
三上 智子
2022年11月にOpenAI社のChatGPTが登場してからもうすぐ2年。私たちの生活を大きく変えていく生成AIのテクノロジーは、あらゆる個人や業務、組織、産業に関わりを持たせます。
私自身「Microsoft Copilot」を英語で書いた文章の添削や調べ物に使っていますが、Web検索と比べ格段に効率的なのが分かります。外部調査によればすでに65%の組織が生成AIを活用してビジネス価値を引き出そうとしており、その投資効果は利益率を3.5倍に押し上げるといった調査結果もあります。
私たちは常にテクノロジーのアップデートを重ねながら、お客さまに寄り添い、生成AIを使ったビジネス変革をご支援していきたいと考えています。本日のセミナーがAI変革のプロセスを学ぶ機会となることを願っています。
生成AI時代の流通業DX推進と国内最新事例の紹介
マイクロソフトコーポレーション リテール&コンシューマグッズ
日本インダストリーアドバイザ担当
藤井 創一
米国で本年1月に開催された全米小売業協会主催のNRF24年には延べ4万人が参加し、「リテールメディア」「顧客体験の向上」「サプライチェーン強化」「従業員支援」などのテーマについて情報が共有され、議論がなされました。
注目すべきは、それらの取組みにおけるAIの可能性が重要な論点となったことです。小売業のDXにおいてAI活用検討が新たなフェーズに入ったという認識がNRFの参加者に広がったと感じます。
生成AIが注目され始めた2023年時点で、「小売業者の今後2~3年の行動は今後20年間の成功を左右する可能性がある」とマッキンゼー・アンド・カンパニーは予測しています。
流通業に関わる皆さまがDXへの取り組みを加速させている中で、私たちは「データによる新たな価値創出」「顧客エンゲージメントの向上」「リアルタイムなサプライチェーン」「従業員の業務効率化と働き方改革」などのビジネステーマに対して、信頼できるデジタル基盤と価値を提供していますが、現在、生成AI技術で大幅に強化された「Microsoft Cloud for Industry(Retail & Consumer Goods)」の提供を開始しております。
ウォルマートのダグ・マクミロンCEOは、1月のCES2024でマイクロソフトとAIの領域で協業することを発表し、生成AIを活用した新たな顧客向けサービスをリリースしました。
例えばスマホ上のアプリで「アメフト観戦パーティの企画を手伝って」と尋ねれば適した商品の数々を提案してくれます。また、先ごろWeb記事で公開されていましたが、8億5千万に上る商品マスタのメンテナンス作業を、生成AIによって従来比100倍に効率化する取組みなども進めているとのことで、広範かつ重要実務領域での活用を進めています。
Consumer Goodsの領域でも、米国ユニリーバさまでは、R&D(研究、開発)部門で生成AIを使ったシミュレーションで基礎研究を効率化し、迅速な商品開発とマーケットインにつなげています。
これ以外にも多くの企業さまに、私たちの方向性と技術にご賛同いただき、ともに取組みを進めさせていただいております。アジア圏の流通業においては、2023年の第3四半期から2024年の第1四半期にかけて私たちのお客さまの60%が生成AIを採用し、そのユースケース数も200%に増加しました。
日本でもこうした取組みは加速しています。イオンさまはECでの商品情報コンテンツをAIの支援で生成し、2倍のPV(ページビュー)実績を得たという実証実験結果など公開いただきました。
日清食品ホールディングスさまでは、全社戦略として生成AIの活用を社員に動機付け、現場を巻き込んだマーケティングや営業生産性の革新を進められているのです。
一方で、生成AIテクノロジーは日進月歩、驚異的なスピードでアップデートされます。GPT-4に対してGPT-4oは12分の1のコストで6倍のスピードを実現しています。
さらにGPT-4oはマルチモーダルなAI能力を有しており、この画像識別・自然言語会話能力をECに実装することで、ECを訪れた顧客は画面を通してあたかも本当のコンシェルジュに接客されているかのような、衝撃的な顧客体験を提供できるまでになってきています。
このように流通業のビジネスにインパクトをあたえるほどのテクノロジーが爆速で進化する中で、マイクロソフトでは信頼できるデジタル基盤と価値提供を通じて、流通業のお客さまと「異次元の密連携」を取りながら伴走支援をさせていただくことが、重要になってくると考えています。
海外の最新AI活用事例のご紹介
マイクロソフトコーポレーション Asia AI Global Blackbelt テクニカルスペシャリスト
大森 彩子
2024年以降の生成AIのトレンドに「マルチモーダルモデル」があります。テキスト以外の音声や画像、動画といった素材を入出力に利用でき、その活用によってさまざまなソリューションを生み出すことができます。
より少ないパラメーター数で動作が可能なSLM(Small Language Model) や、軽量でインターネット接続なしに利用可能なオンデバイスモデルの開発も進み、PCやスマホなどエッジデバイスに載せられる小さな生成AIが登場しているのも最近の特徴です。具体的にGTP-4oを通じて、どのようなソリューションができるのかご紹介していきます。
マルチモーダルの特徴に画像化されている情報の理解があります。例えば、ゴミの分別といったワークフローが書かれた図を読み込ませれば質問に応じて正しい処理の仕方を答えてくれます。不動産での住居の間取り図面なら、適した入居者像を提案してくれます。画像化された数学の問題も答えが返ってきます。
音声ならコールセンターで問い合わせを受けた内容について、簡単に文字起こしをして個人情報を削除しながら要約するといったソリューションを構築することが可能です。
動画を素材に用いたサービスなら、最近利用可能になったサービスとして「Azure AI Speech」によるビデオ翻訳があります。 例えば、私が日本語で話す動画があります。この素材を読み込ませれば自動で多言語にしてくれるというものです。しかも、私の声色で流ちょうに話してくれます。音声と動画を組み合わせればアバターによる接客にも応用できます。
小売業で活用される生成AIを整理すると「言語理解」「コンテンツ生成」「分析」「自動化」の4つの機能が想定されます。中国のファストファッションブランドであるSHINE(シーン)は2022年頃よりマイクロソフトのAIプラットフォームを活用しています。いまや社員の誰もが使えるような状況になっています。
「コンテンツ生成」なら新商品への説明文の作成やSNS向けの画像生成、「言語理解」なら顧客向けのチャットボットといった活用のほか、カタログ作りや販売分析のナレッジとして幅広く活用されています。
デジタルガジェットのANKER(アンカー)では、宣伝コピーを生成AIで作成し、ABテストを繰り返しながら改善を続けています。
生成AIが顧客に直接触れるコンテンツやコミュニケーションに活用される機会が増えています。フル活用をするためにも素材となるデータの整備が急がれます。
総合商社さまにおける生成AI活用事例
MC Digital株式会社 プロダクト部門 プロダクトマネージャー
青木 千隼氏
弊社は三菱商事の100%子会社で、三菱商事さまを起点として様々な産業とつながりがあります。今回は三菱商事さまでの生成AI活用事例を4つご紹介します。
1つめは「社内規程の確認」です。三菱商事さまでは会社全体の規程に加え、営業グループごとの規程もあり、量が膨大なため確認作業に時間がかかるなど、効率化が望まれていました。
生成AIを活用したChatbotの構築により、必要な社内規程の検索と自動回答が可能になりました。回答の根拠となる社内規程を生成AIが活用可能な状態に変換・格納するだけで運用可能です。
業務効率が60%改善され、「探索する手間が大幅に減った」「参照箇所を共に表示してくれるので情報の信頼性が高い」といった声をいただいています。
2つめは「議事録の自動作成」です。ある調査によると、議事録作成には平均で週6時間強の時間が費やされる業務です。さらに三菱商事さまでは、膨大な数の打ち合わせを抱える社員が多く、議事録作成に費やす時間の確保が困難でした。
議事録作成を自動化する際には、「会議内容のテキスト化」と「議事録作成」の2つのAIを適切に組み合わせることで、人間が作成するクオリティの議事録を実現する必要があります。弊社の議事録サービスを導入することで、構造が論理的に整理された議事録が作成できるようになりました。
また、生成AIを活用した議事録作成は、話していない内容を作文してしまう課題があります。そこで、議事録の内容と文字起こしを紐付ける「エビデンス確認機能」を活用することで、議事録の仕上げにかかる工数を効率化しています。
約1時間の会議であればアップロードから10分程度で記事録が完了し、90%減の業務効果となり、「信頼性の高い議事録を作れる」とご好評いただいています。
3つめは「デスクトップリサーチからの資料作成」です。通常は、検索して該当ページを探したのち、ポイントを抽出・要約し、図表やテキストを整理して資料作成を行う必要があります。
なお、デスクトップリサーチに生成AIを適用する上で最も課題となるのが「学習データ期間」で、学習データ期間外の最新情報を用いた回答生成ができません。そこで、web検索の連動により、最新かつエビデンシャルな情報を用いた資料作成が可能になりました。
25%減の業務効率が図れ、「情報の鮮度がよく信頼性も高い」という感想をいただいています。また、検索クエリ自体を生成AIに任せられるところも好評でした。以上は汎用プロダクトを活用した業務効率化支援です。
4つめは、三菱商事さまと共同で事業会社さまに伴走して、アプリケーションを構築した事例をご紹介します。具体的には「資料検索からタスク遂行」です。
ビジネスでは各種文書ファイルが存在し、その中から情報を探して閲覧・分析し、タスク遂行を行います。ただしファイル数は日々増加し、探索する工数が増えるという課題があります。
そこでAIに問いかけるだけで必要な文書を容易に探索でき、またタスク遂行の効率化を実現しました。裏付けデータを引用した文書の探索などにより、資料探索の結果をタスク遂行に活かすことが可能です。約20%の工数削減効果となり、「シンプルかつスピード感のある検索ができる」といったお声をいただいています。
生成AIの社内利活用を進める上で重要なのは、スキルとマインドの両方からのアプローチです。スキル面では生成AI技術の理解と具体的な活用方法の習得が求められます。マインド面は生成AIを業務に用いる意識改革です。この2つのアプローチにより、業務効率化の加速に繋がると考えています。
AI時代のデータ活用戦略・成功事例と未来の展望
株式会社サンリオ ブランド管理本部 データ・テクノロジー推進室
大畑 正利氏
総務省のデータによると、日本企業がDXを進める上での最大の課題は「人材不足」です。一方でDXの進展度が高くなるほど売上が増加します。DXに取り組む企業が米国並みに増えれば、製造業で約23兆円、非製造業で約45兆円もの売上押し上げ効果が推計されています。
DXの中でもデータ活用についてレベル分けすると、レベル1が「現状把握(データ集計・可視化)」、レベル2が「過去事象の関係性把握」、レベル3が「AIを用いた未来の事象の予測」です。このレベルを上げるヒントがサンリオの取り組みに含まれています。
データ活用における組織的な取り組みについてご説明します。まず、データドリブンの企業を目指し、データサイエンス課(現データ・テクノロジー推進室)を創設しました。
効果として、相談しやすい環境が整備され、各部署のナースコール的な存在となりました。さらにデータ分析やノウハウの蓄積・共有が進み、全社横断的なデータ活用支援ができるようになりました。
次に、学習環境の整備として動画学習プラットフォームを導入しました。会社側が学習ツールを提供することで、データ活用を始めたい従業員のモチベーションが高まります。利用ガイドラインを整備することで、従業員は安心してAIを利用することができます。
また、各部門の目標設定として、活動目標の中にデータ活用の要素を盛り込みました。推進チームの支援を受けることで、各部門は舗装された道を進むようにスムーズにデータ活用に取り組むことができます。
ここからは、推進チームの取り組みを3つご紹介します。1つめは「データの可視化」です。見るべき指標の定義やデータソースの用意や収集、データ前処理など、データ可視化までの全体を整備していくことが重要です。
なぜならば、データをダッシュボードに集約しただけでは解決しない課題があるためです。例えば、部署で指標の定義が異なる、必要とする粒度・頻度でデータが取得できていない等。
AI活用の事例をひとつ紹介します。本部の商品発注担当者は、データの収集、過去動向の読み取り、今後の見立て、発注数を算出していましたが、業務量が多く、属人化などの課題がありました。
そこで発注を補助するAIを導入し、データ収集から過去のトレンドの数値化、季節変動指数の算出、今後の残在庫数の予測までをAIが行うようになりました。SKUごとの今後の在庫不足数と重要度、アラートの一覧を担当者が確認するなどして、発注単位の決定が可能となりました。発注業務工数は80%削減され、発注基準も標準化されて脱属人化に成功しています。
2つめは「データ活用の定着化」です。データ活用を定着させるには業務への組み込みが重要です。業務のうち、意思決定において、情報収集、解決策の比較・選択、意思決定の見直しのプロセスは、データ活用が組み込めます。
またデータは仮説思考で見る必要があります。課題に対して仮説を構築し、データを用いて仮説を検証する、データから示唆や発見を見つけて仮説を更新するといった形で進めていきます。
3つめは「スケーラブルな業務設計」です。推進チームがより多くのデータ活用支援を行うためには、手離れがよい業務設計をしなければなりません。そのため推進チームでは、データ加工やデータ連携の自動化ツールを積極的に採用しています。
弊社の今後の展望は「データ整備の推進」です。データを最新の状態に保ち、分類してメタデータを付与することで、AIが扱いやすいように整備することが重要です。
AI/データ活用に向けたITガバナンスの強化とDX
日本マイクロソフト株式会社 チーフセキュリティーオフィサー
河野 省二
私からはビジネスでAIを使っていただくための準備について、お話をします。まず、確認したいのはAIを利用する目的です。セキュリティ運用に関するAI活用について利用者の評価をまとめました。
1つは作業時間の短縮です。熟練者と初心者を問わず、4分の1程度圧縮できています。4時間の作業で1時間できる計算です。ある自治体では、月額4000円ほどの「Microsoft Copilot」法人版が導入できる採算を1日7分ほどの残業時間の圧縮と捉えていました。
例えば、生成AIでセキュリティのルーティンワークを自動化できるようになれば、その間にレポート作成といった別の仕事ができます。いわばデジタルツインの発想で仕事が2倍できる計算です。
2つめは業務精度です。熟練者7%、初心者の35%が向上したと評価しています。実はセキュリティに関しては活躍する場面が少なくなっているのが現状です。それというのもマイクロソフトの製品は、無料のOne Driveを含めセキュリティソリューションが自動化され、仮に事故が起きても3分から5分でシャットダウンがかけられ修復されてしまいます。
3つめがポイントで、Copilotを繰り返し利用したいという回答は熟練者初心者ともに9割を超えています。セキュリティの業務というのは、めったに事故が起きない分、経験を重ねるのが難しく、人材育成が課題となっています。例えば、疑似的な事故に対して自分で仮説を組んで、その影響を生成AIで調べていけば、どういった対処が適切であったのかシミュレーションすることができます。
生成AIを機能させるのは良質なデータを集めてくることが肝要だと語られます。ここではお客さま対応の生成AI活用を例に考えます。従来はFAQデータベースに紐づいたChatbotが存在していたとします。もっと柔軟な対応を目指してChat AIを導入する際、心配されるのはハルシネーションです。Copilotも複雑な質問であるほど、毎回、少しずつ違う答えが返ってきます。
そこで検討したいのはFAQデータベースに何を載せるかをChat AIに手伝わせることです。例えば、Chatbotで分かりにくいと利用者が評価した回答を、自社内のデータベースを使って再構成するといった仕事をさせる。これは生成AIが得意な領域です。
つまりデータソースとなる組織の膨大なナレッジ(BI)を充実させていくことが求められるわけで、そこには業務のDXが必須であり、業務でのやりとりのすべてをデジタルで蓄積できるシステムの構築が求められます。それによって初めて一元管理によるリアルタイムガバナンスも実現できると言えます。
すでにWindows10以降、マイクロソフトのアプリケーションで操作したデータはメタデータが裏側に紐づいています。他社のSNSなどのデータを組み込むこともできます。これをGraph(グラフ)データベースと読んでいます。
従来、Graphデータベースを解析するにはBIツールを用いデータアナリストによる能動的な分析が必要でしたが、ここもAIのインタフェースに置き換わっています。AIインタフェースのスキルを活用するためにAIエンジンやAIモデルを使うという世界になってきています。
マイクロソフトのアカウントがあれば、Graphデータベースにアクセスすることができます。Graph Explorerというインタフェースをマイクロソフトは試験的に用意しています。会社のアクセス権の設定に応じて閲覧が可能です。
REST APIでデータを取得する方式で、プログラムに少し詳しい方であれば誰でも使えると思います。いつ誰がエクセル上で罫線を書いたかまで分かるのは、ソフトがフルAPIで起動しているからです。
Azure Fabricを活用したデータの一元化も可能です。Fabric OneLakeを用いれば、例えばAWSのS3にあるデータと連携することもできます。
これから生成AIを活用したアプリ開発が広がっていくと思います。マイクロソフトの法務部門のトップであるブラッド・スミスは、自身の著書を通じてレシポンシブルAIの重要性に言及しています。
いわく「ツールとして使えるけれど、武器としては使えない対策が必要だ」ということで、私たちも多くの方からフィードバックを受けてレシポンシブルAIのスタンダードをまとめていますので、ぜひ社内のガイドライン作りの参考にしていただきたいと思います。
Graphデータベースを整備し、ガバナンスを一元管理することは、働き方改革のみならずセキュリティの向上にも寄与すると考えています。